シリコン結晶において準粒子が
誕生する瞬間の観察に成功

− 電子波と格子波の量子干渉      
          ダイナミクスに新たな知見 −

材料研究所
反応・励起のダイナミックスグループ

ピッツバーグ大学
天文・物理学科

長谷 宗明

北島 正弘

Hrvoje Petek


 シリコンのような結晶は、規則正しく並んだ原子の集団(格子)とそれらを結び付ける電子からなっており、それらの相互作用は通常10フェムト秒(1フェムト秒fs=10-15秒)台でおき、非常に高速の現象であるため、これまで観測できませんでした。本研究では、10fsのパルスレーザーを用いて時間領域測定法であるポンプ・プローブ分光測定を行うことにより、この時間の壁を突破し、シリコン結晶中の電子と格子間の相互作用をfs時間領域で観測することに世界で初めて成功しました。
 観測は,パルス幅約10fs、中心波長約400 nmのパルスレーザーを光源として、時間分解電気−光学検出法を用いて行いました。試料は、n-Si(ドープ量〜1x1015cm-3)を用いました。本検出法は、格子波と電子波の位相の揃った応答成分だけを選択的に引き出す方法で、これまでより2桁以上も高い精度の実験を行うことができました。
 観測した信号の応答は二つの部分からなります。一つは、50fsより長い時間で見られる格子振動による周期的な振動成分です。もう一つは、50fsより短い時間のみ現れる電子系からの非周期的応答と、続く100 fsまでの時間に現れる格子系と電子系との間の量子干渉情報です(図a)。
 この量子干渉は、ウェーブレット変換して得られた時間−周波数マップで見るとより鮮明に現れています(図b)。時間0付近で縦方向に広がる成分は電子の応答で、横方向に広がる成分は格子の応答です。特に強調したいことは、両成分が交差する部分で信号がほぼ消失している点です。この瞬間、励起された電子が格子原子に力を及ぼし、原子集団は一斉に動かされます。これが電子波と格子波の干渉で、既に40年以上も前に理論的に予想されたファノ相互作用の実験的証拠を与えると考えられます。
 これは、多粒子系の量子力学で言う電子と格子との“もつれ”現象に対応するものです。言い換えると、私達はシリコンにおいて、量子力学的“もつれ“による準粒子の誕生に対応するものを観察したと考えています。この成果により、量子干渉ダイナミクスに新たな学問的な領域が拓かれるばかりでなく、ナノ電子デバイスの特性評価や開発の基礎が与えられるものと期待しています。この研究成果は、2003年11月6日付け英国科学誌「ネイチャー」で掲載されました。

図 aはシリコン表面からの異方的な反射率変化で、横軸は励起光と検出光の間の遅延時間を示す.
bは連続ウェーブレット変換により得られた電気−光学サンプリング信号の時間−周波数マップを示す.
周波数の単位THz(テラヘルツ)は1012Hz.


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