新しい原理に基づく巨大電場誘起歪効果
− 環境に優しい鉛フリー高性能圧電・電歪材料の創製へ寄与 −

材料研究所
基礎物性グループ

任 暁兵


 圧電材料は電圧を加えると伸縮し、逆に力を加えると電圧が発生するという効果を持っているため、アクチュエーターやセンサーなどに広く応用されています。しかし、従来の圧電効果は微弱なもので、応用範囲が制限されています。本研究では、新しい原理に基づき、鉛フリーのBaTiO3系材料を用いて、従来の圧電効果より約40倍大きい圧電効果を発見しました。
 圧電材料の構造的な特徴はプラスイオンとマイナスイオンの中心がずれていることです。この材料に電場をかけるとイオンの微小移動が起こり、結晶全体が伸縮します。これは通常の圧電効果の基本原理です
(図1a)。しかし、このような圧電効果は原理的に非常に微弱(最も大きい圧電効果を持つチタン酸ジルコニウム酸鉛(PZT)でも100 V/mmの電場で最大0.01 %程度しか変形しない)なので、この圧電原理を用いた場合に素子の応用範囲が限られてしまいます。また、現在最も利用されているPZT圧電材料は有毒な鉛を含有するため、環境問題の観点から規制されていく方向にあり、その代用材料の開発は世界的に重要な課題になっています。
 このような背景のなか、私達は従来の圧電原理と異なる新しい原理を提案し、それに基づく巨大電歪効果(電場誘起変形)を発見しました。この新しい原理を次のように説明します。
 圧電材料に電気分極方向が異なる領域(ドメイン)が存在します(表紙写真上参照)。ドメインの間の分極方向は結晶対称性によって、180°や90°などの角度があります。電場を加えると、分極方向が電圧方向に沿うようにドメイン変換が起こります。図1bのように分極が電場に対し垂直であるa-ドメインが、電場印加後電場に一致するようにc-ドメインに変換されます。このドメイン変換に伴い、低い対称性を持つ強誘電相の長軸方向と短軸方向が交換することになります。この過程で得られる歪の大きさは長軸と短軸の差であり、材料にもよりますが、理論上最大1〜5%です。この値は通常の圧電効果より数十倍以上です。しかし、ドメイン変換は普通不可逆であるため、この巨大電歪効果は通常は不可逆(一回目のみ現れる)であり、その有用性はありませんでした。
 そこで本研究では、以前私達が発見した点欠陥のナノ秩序の対称性原理(図2:点欠陥のナノ範囲の統計分布は平衡時に結晶の対称性に一致するという普遍的な性質)を用いて、時効処理(一定温度で長時間保持)によって点欠陥の対称性をドメインの対称性に一致するように制御します(図2b)。
  この状態(図1b左)で電場を加えるとドメイン変換が起こり(同時に図1b右のように巨大電歪が発生する)、電場を除去すると点欠陥の力で元のドメイン状態に戻り、形状も元に戻ります。つまり、可逆的な巨大電歪が実現されることとなります。
 形状を元に戻すためには不純物を添加した試料を時効処理する必要があります。添加材料としてFeを微量に添加したBaTiO3試料の電歪効果を図3に示します。200V/mmの低電場において0.75%という巨大な可逆電歪が得られ、この値は代表的なPZT圧電材料と比べて約40倍も大きい電歪であることがわかりました。また、最近話題になったPZN-PT単結晶と比べても10倍以上であることがわかりました。さらに、同じような大きい電歪効果はK-BaTiO3単結晶にも発見されました。これはこの新しい原理が普遍的であることを示唆しています。
 今回発見した巨大効果は、従来小さい圧電効果が応用できなかった分野を開拓できるものと期待されます。もう一つ重要な成果として、本研究で発見した巨大電歪を示す材料は鉛を使わないため、環境に優しい高性能圧電材料の創製に寄与したと考えられます。

(a) 通常の圧電効果による電歪。

(b) 新しい原理による巨大電歪。

図1 通常の逆圧電効果による電歪の基本原理と新しい原理による巨大電歪の比較。


図2 点欠陥ナノ秩序の対称性原理。平衡時点欠陥のナノ範囲点欠陥の周りに他の点欠陥の分布確率は、平衡時に結晶の対称性と一致する性質。

図3 点欠陥ナノ秩序による強誘電体における巨大電歪。


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