放射光利用による物質材料研究

状態分析とナノテク支援

物質研究所
超微細構造解析グループ
福島 整


 解析技術研究における最先端は、原子オーダーにせまる微小領域での物性解析手法の開発研究が主流となっています。NIMS専用ビームライン(SPring-8 BL15XU)においても、本号に紹介されている光電子顕微鏡のように、主流となる以前から確実な技術予測の基に研究を進めているテーマもあります。一方で、このような世の趨勢を追うだけでなく、物質全体の平均的な電子状態を精密に解析する重要性もより強くなったと痛感する場合も増えました。
 ナノテク総合支援事業で実施された課題におけるその典型的な例を、ここにお示ししましょう。Fe2O3及びFeTiO3はそれぞれ大変よく知られた物質で、半強磁性の絶縁体です。しかし、Fe2O3−FeTiO3系固溶体はフェリ磁性を示す半導体であり、環境に優しいナノ・スピントロニクスの素材として大変有望です。この物質の、特にTiに対する化学状態の解析を岡山大・藤井達生助教授のグループより申請された課題に基づいて実施しました。Feの電子状態は、メスバウワー分光等で確実に解析が可能ですが、Tiの、特に酸化物粉末に対しての実用的方法はほとんどありません。これに対して、本ビームラインではまずTiの状態標準を得るために、京都大学・伊藤嘉昭助教授(NIMS客員)と共同でTiの特性X線に対する高分解能測定をTiO2, Ti2O3及びFeTiO3の粉末試料に対して行いました。FeTiO3の高分解能Ti Kαスペクトルを例として図1に示しますが、驚いたことにFeTiO3中のTiは、TiO2と同じ状態(4価)ではなく、Ti2O3と同じ状態(3価)に近いことがわかりました。これらの酸化物試料は粉末なので表面汚染を取り除くことが不可能に近く、通常のX線光電子分光法(XPS)による解析は大変困難です。しかし、NIMS専用ビームラインでは励起エネルギーを高くすることにより表面汚染の影響を確実に回避することができ、絶縁物粉末でも確実な解析が可能です。図2は、この高エネルギー励起XPSによる測定結果ですが、やはりFeTiO3のTiは TiO2と同じ状態(4価)ではないことがはっきりわかります。これは、たとえ常識と思える事であっても、必要に応じた確実な確認の重要性も示しています。
 このFeTiO3の成果は、ナノテク研究の最先端としてTVでも30分番組として放映されました。


図1 Tiの高分解能特性X線分光によるスペクトル例

図2 Tiの高エネルギー励起XPSによるスペクトル例


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