放射光利用による物質材料研究

高エネルギーX線を使った
光電子顕微鏡の研究開発
−表面分析の枠を越えた化学状態顕微鏡−

物質研究所 超微細構造解析グループ

吉川 英樹

安福 秀幸

福島 整


 近年、物質材料開発の最前線において、物質の合成から解析そして実用化までのタイムスケールを短縮しようという要求が強まっており、解析についてはデータ解析の容易さと高精度化という相反する性能が求められています。固体の化学結合状態や電子状態を得る光電子分光法による解析技術についても、この観点で進化が期待されます。光電子分光とは光照射で放出された電子を調べる技術ですが、(1)極微小領域の観察が得意でないこと、(2)原子レベルの厚さの表面層に高感度であるため試料の大気中での表面反応を無視できないことが、時としてデータ解析に曖昧さや混乱を生じさせます。
 この問題を克服する手法として、高エネルギーX線を使った光電子顕微鏡があり、これは(1)試料の面内方向には電子光学の顕微鏡技術を用いて極微小領域の観察を可能にし、(2)試料の深さ方向には数keV以上の高エネルギーX線を使うことにより表面から10nmを超える深層の観察を可能にするものです。光源としては、大型放射光施設SPring-8(スプリングエイト)における世界最高レベルの高輝度X線をNIMS専用ビームラインBL15において利用しています(表紙写真上及び左下参照)。
 放出された全電子を検知する手法で、図1の装置で現在30nmの空間分解能を実現しています。X線のエネルギーが可変である放射光の特長を利用して、固体の電子における非占有状態の情報をもつX線吸収スペクトル像を得ることに成功しています。図2は、Si基板上にリソグラフィーで製作したAgドット列の光電子顕微鏡像と1ドットから得られたX線吸収スペクトルを示します。Agマイクロドットは、光の波長限界を超える光記憶素子の系として期待されており、その成膜プロセス開発が重要です。図2の赤線から青線へのスペクトル変化によって、酸化プロセスの化学状態変化をミクロの領域で明瞭に捉えることができました。
 高エネルギーX線励起の光電子顕微鏡は、従来の表面分析のカテゴリを離れ、3次元空間での精密な化学状態解析として今後の発展を期待しています。


 図1 ビームラインハッチ内の光電子顕微鏡

図2 Agドット列の光電子顕微鏡像と1
ドットから得たX線吸収スペクトル


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