先端情報通信技術を支える物質材料研究

光通信波長帯での量子ドット開発
−量子情報通信の単一光子デバイスを目指して−

ナノマテリアル研究所
ナノ電子光学材料グループ
佐久間 芳樹


 現在の私達の生活において、コンピュータやインターネットなど情報通信技術は必要不可欠です。しかし、近い将来、情報処理能力の限界や通信における情報漏洩が個人や国家の深刻な問題になると考えられています。
 近年、これらの解決のために「量子情報通信」と呼ばれる新しい技術の研究開発が始まっています。私達が通常目にする光は、無数の光子と言う粒子の集団からできており、従来の光通信では光子の量の大小を情報に用いています。一方、量子情報通信は、光子を量子力学の原理で自在に操って、光の一粒一粒に情報を載せる全く新しい技術です。この技術によって超高速大容量の通信が可能になり、個人や社会の情報が盗聴によって脅かされることのない安全性の高い情報通信ネットワークが構築できます。しかし、このような技術は簡単に実現できるものでなく、新たな材料やデバイスに関する研究開発が必要です。なかでも、光子を一個ずつ発生・検知できる単一光子デバイスと、その基礎となる量子ドットの形成技術が成否の鍵を握っています。
 量子ドットは、人工的に作った原子の性質を持つナノ構造で、数十nm以下の極めて小さな領域に電子や正孔を閉じ込めて、光子を一個ずつ発生させることができます。これまでにも多くの材料系で量子ドットが作られていますが、光ファイバ通信で重要な1.3〜1.55μm波長帯で良質な発光を示すものはありませんでした。私達は、MOCVD成長技術を使ったインジウムリン(InP)基板上のインジウムヒ素(InAs)結晶に着目し、2段階キャップ法と呼ばれる波長制御可能な量子ドットの作成技術を企業と共同開発しました(表紙写真上参照)。図1は、量子ドット集団の原子間力顕微鏡像と発光スペクトルです。通常、量子ドットの高さは5〜10nmですが、2段階キャップ法により高さを2nm以下にすることに成功しました。この結果、1.3〜1.55μmの通信波長帯全域で、従来の10倍以上の強い発光を示す非常に良質な量子ドットが得られました。また、顕微分光法と呼ばれる技術を使って、高さの異なる個々の量子ドットの光学特性を調べたところ、図2のように原子に類似した輝線発光スペクトルの観測に世界で初めて成功しました。今後、量子ドットから単一光子を効率的に取り出す技術を開発し、デバイスの基礎技術にも取り組んでいきます。



図2 個々のInAs量子ドットの顕微分光スペクトル
図1 InP(100)基板上のInAs量子ドットの10Kにおける発光スペクトル

 


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