先端有機材料研究

高分子ゲルの医療用接着剤への応用
−クエン酸誘導体による生体高分子の架橋−

生体材料研究センター
人工臓器材料グループ
田口 哲志


 高分子ゲルは、有機分子を「架橋」して作ることができます。高い接着強度を持つ医療用接着剤には、架橋剤によって生体高分子を架橋する方法が取られています。現在臨床で使用されている接着剤には、架橋剤としてアルデヒド化合物が使われています。この架橋剤は、生体に対して高い毒性を示し、傷の治癒を遅らせます。そのため、毒性の低い架橋剤が開発できれば、このような臨床の問題を解決することができます。
 私達のグループでは、まず、架橋剤を合成することにしました。架橋剤を合成する際に着目したのは、生体に存在するクエン酸です。このクエン酸を使って新しい架橋剤を合成すれば、患部に架橋剤が残ったとしても生体内で代謝されることになります。そこで、クエン酸のカルボキシル基を電子吸引性基(スクシンイミジル基)で修飾し、新しいクエン酸誘導体(架橋剤)の合成に成功しました。さらに、合成した架橋剤と生体高分子から構成される2成分系の新しい接着剤を開発しました(図1)。
 まず、開発した接着剤の接着強度を生きたマウスの皮膚を使って調べました。図2は、接着剤で張り合わせた2枚の皮膚の接着強度を示しています。今回開発した接着剤で張り合わせた皮膚は、アルデヒド系接着剤と同じく非常に高い接着力を示しました。これまでは、細胞成分が生きていないブタの軟組織について高い接着強度が得られることを示してきましたが、今回の実験によって、臨床により近い条件でも高い接着強度が得られることが明らかになりました。
 それでは、生体に対する毒性はどうでしょうか。マウスの皮下に接着剤を埋めて、7日後の組織反応を調べました。図3のようにアルデヒド系接着剤は、非常に強い炎症反応が起こりました。一方、今回開発した接着剤では炎症反応はほとんど観察されず、接着剤が分解・吸収され、組織が修復している様子が観察されました。
 医療用接着剤を用いて外科手術の傷を接着すると、術後の抜糸が不要になります。そのため、手術時間が短くなり、患者の肉体的・経済的負担と術後管理が軽減します。
 この材料は、現在、筑波大学医学部と連携して動物実験を行っており、臨床応用に向けた研究を進めています。

図1 接着剤の生体組織との反応

図2 マウス皮膚に対する本接着剤の接着強度(g/cm2)

図3 マウス皮下に接着剤を埋入後(7日)の組織反応
(a,c:アルデヒド系接着剤、b,d:今回開発した接着剤)


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