先端有機材料研究

タンパク質のマイルドな固定化

物質研究所
高分子性酸化物グループ
一ノ瀬 泉


 固体表面に有機薄膜を製造する技術は、過去10年間に著しく展開しました。今日では、数ナノメートルの厚みの色素やタンパク質、高分子などの超薄膜を任意の順番で自在に積み重ねることができます。微粒子の表面やチューブの内壁にも、このような有機薄膜を簡単に作製できるようになりました。さらに、有機薄膜は、金属や半導体などの既存の材料と複合化することで、全く新しい機能を生み出します。このような観点から、私達は、有機薄膜をNIMSが戦略的に取り組むべき研究分野として捉えています。
 私達のグループでは、タンパク質の変性を最小限に抑えながら、無機物質の表面に高密度に固定化するための新技術が研究されています。生体内での電子移動に重要な役割を担っているチトクロムCというタンパク質は、中性で正に荷電しており、負に荷電した金属酸化物の表面に強固に吸着します。しかしながら、金属酸化物の表面では、タンパク質の折りたたみ構造が崩れてしまい、不溶性の変性タンパク質として吸着してしまいます。
 私達は、金属酸化物の表面を有機薄膜でコートすることで、この変性を抑えられることを見出しました。図aには、その概念図を示します。金属の基板の上に、表面ゾルゲル法という技術を用いて、3.0〜4.0 nmの厚みのZrO2薄膜をつけます。その上に1.6 nmのポリビニルアルコール(PVA)の薄膜をつけます。低密度のZrO2薄膜の表面は、中性で負に荷電しており、チトクロムCを吸着します。しかし、薄く均一なポリビニルアルコール膜のおかげで、タンパク質が変性することはありません。この方法で固定化されたタンパク質は、アルカリ性にすると定量的に脱着することが確かめられています(図b)。
 現在、私達は、有機薄膜の研究戦略の一つとして、固体表面のタンパク質と生体分子との相互作用を重点的に研究しています。

図 (a)ナノ厚みのZrO2とPVA膜で修飾された金属表面のチトクロムC(模式図)
(b)チトクロムCの吸着とアルカリ性にすることによる再現性の良い脱着が、水晶発振子の振動数変化として検出されている

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