遅れ破壊に強い高強度鋼の創製に前進
− チタン炭化物を制御し有害な
水素をトラップする性能を向上 −
超鉄鋼研究センター 金相グループ

原 徹

津崎 兼彰



 高強度鋼の強度を現状よりさらに高めようとする場合、遅れ破壊という現象を克服することが課題の一つになります。遅れ破壊とは、ボルトや機械部品などの鋼材に使用環境から水素が侵入し、集積することによって破壊される現象です。
 遅れ破壊を抑制するために、これまでにも様々な方法が試みられ、成果を挙げてきました。しかし、従来の手法の応用だけでは今まで以上に強度を上げることは難しくなってきたため、最近では侵入した水素をうまく捕捉し動きをコントロールする“水素トラップサイト”を鋼材中に分散させる手法が考えられています。
 今回の研究では、チタンを少量添加した鋼の熱処理を工夫することによって、鋼材中の析出物を水素トラップサイトとして利用し、さらに、水素を捕捉する力を自由にコントロールできる可能性を見出しました。
図1は、試料中に導入した水素が昇温中に放出される様子を示したグラフです。従来チタン炭化物は500℃以上の高温でしか水素を放出しないとされていましたが、今回行った熱処理では、それだけでなく、200℃以下の比較的低温で水素を放出するピークが現れています。このことは、水素との結合力が異なる水素トラップサイトが同時に存在していることを示しています。
 さらに電子顕微鏡を用いて詳細に観察すると、2nm程度の微細なチタン炭化物が鋼材中に高密度に分散していました(図2)。このチタン炭化物が、図1の低温側での水素放出ピークに対応する水素トラップサイトとして働くことが明らかになりました。また、熱処理条件を変化させることによって、水素と水素トラップサイトとの結合力を広い範囲で変化させ得ることもわかりました。
 つまり、異なるトラップ能力を持つ水素トラップサイトを組合せて用いることで、使用環境に応じて最適な水素トラップ性能を鋼材に持たせることができます。このことによって、遅れ破壊に強い鋼材を作ることができ、鋼のさらなる高強度化が可能になると考えています。
(本研究成果は、日刊工業新聞、日本工業新聞、日経産業新聞、化学工業日報、科学新聞の各紙に紹介されました。)

図1 550℃焼戻し処理を施した0.42%C-0.30%Ti鋼の
昇温脱離水素分析結果

図2 ナノスケールのチタン炭化物の
高分解能電子顕微鏡写真



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