医療用接着剤の開発
− 高強度・低毒性での接着を実現 −

生体材料研究センター
人工臓器材料グループ
田口 哲志



 皮膚、臓器、血管などの外科手術を行った後には、切開した部分を必ず閉鎖します。患部の閉鎖には、ふつう縫合糸が使われますが、医療用接着剤を用いてより簡便で迅速に閉鎖することが試みられ、すでに数種類が臨床現場で用いられています。
 現在用いられている接着剤は、表1のように、大きく3種類に分けられます。シアノアクリレート系とゼラチン-アルデヒド系は、もともと生体に存在しない人工物のため、接着強度は強いものの、生体に対して毒性が高いという欠点があります。アルデヒド化合物が傷の治癒を遅らせるためです。一方、フィブリングルー系は、血液の凝固プロセスを使った接着剤のため、毒性は低いものの、接着強度が弱いという欠点があります。また、血液を原料として使用しているため、ウイルス感染の可能性もゼロではありません。以上のように、現在臨床で用いられている接着剤は、それぞれ短所をもっています。もし、強い接着強度を維持したままで、生体に対する毒性が低い接着剤が開発できれば、臨床のさまざまな問題を解決することができます。
 そこで、私達は、クエン酸誘導体を硬化成分とし、生体内に存在する高分子(コラーゲンやゼラチン)を接着成分とした二成分系の新しい接着剤を開発しました。硬化成分は、クエン酸のカルボキシル基を電子吸引性基(スクシンイミジル基)で修飾した分子量の小さい化合物です。この材料は生体内のクエン酸回路で代謝される性質があります。
 開発した接着剤の接着強度をブタ軟組織を用いて調べました。図1は、接着剤により張り合わせた2枚の組織片の接着強度を示しています。接着剤で張り合わせた組織は、組織のみの場合とほぼ同じ接着強度を示しました。接着面周辺の組織を観察すると、接着剤が組織中に浸潤し、組織内のたんぱく質とも反応して接着していました(表紙写真下)。
 それでは、生体に対する毒性はどうでしょうか。マウスの繊維芽細胞を用いて毒性試験を行った結果、現在用いられているゼラチン-アルデヒド系接着剤に比べ、1/10以下しか毒性を示さないことがわかりました。
 医療用接着剤を用いて外科手術の創傷部を接合することができれば、術後の抜糸が不要になります。そのため、手術時間が短くなり、患者の肉体的・経済的負担が軽減し、術後管理が容易になります。開発した材料は、現在、筑波大学医学部と連携して、臨床応用に向けた研究を進めています。
(本研究成果は、日刊工業新聞、日本工業新聞、日経産業新聞、日本経済新聞、読売新聞、化学工業日報、科学新聞の各紙に紹介されました。)

接着剤の種類

接着強度

生体に対する毒性

シアノアクリレート系

強い

高い

ゼラチン-アルデヒド系

強い

高い

フィブリングルー系

弱い

低い

今回開発した接着剤

強い

低い

表1 現在使用されている接着剤と開発した接着剤の特徴

図1 ブタ軟組織に対する本接着剤の接着強度



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