準結晶固体中の局所的な
熱振動異常を直接観察

材料研究所
非周期系材料グループ
阿部 英司



 準結晶は、通常の結晶のような周期性を持たないのですが、準周期とよばれる長距離秩序を持つ奇妙な固体です。理論的に、フェイゾンと呼ばれる準結晶特有の局在した熱ゆらぎ現象が予測されていましたが、準結晶固体中の「どこ」でそのような現象が顕著になるのか、といった実空間分布に関する情報は得られていませんでした。
 私達は、環状暗視野検出器と組み合わせた走査透過電子顕微鏡(ADF-STEMと呼ばれる:図1)を用いて、アルミニウム・ニッケル・コバルトの化合物である準結晶固体の原子像(表紙写真下参照)を、室温(約20℃)と高温(約830℃)で撮影しました。環状検出器は熱散漫散乱電子を主に捉えるため、像強度は原子の熱振動振幅の値に敏感です。観察の結果、高温状態では、ある特定の位置での像強度が著しく上昇することが判明しました(図2)。この強度上昇は、これらの位置におけるアルミニウム原子の熱振動振幅が(相対的に)異常に大きくなっていると考えるとよく説明できることが分かったのです。これらの特定のアルミニウム原子における熱振動異常は、フェイゾンゆらぎとして解釈が可能であり、準結晶中のフェイゾンゆらぎを原子レベルで直接捉えた最初の例となりました。
 今回の結果は周期性・非周期性を問わず、バルク固体中の局所的な熱振動異常を直接観察した初めての例です。電子顕微鏡が固体中の原子配列のみならず、熱振動などに起因する0.01nmオーダーの極微小な原子変位の情報までも得ることが可能であることが示されました。局所的な振動異常や微小歪みは、その物質の物理特性を直接支配する因子となります。本研究で示された手法は、物質・材料におけるナノ領域の新たな物性測定法として、今後の展開がおおいに期待されます。
なお、本研究の一部は、科学技術振興事業団戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「準周期構造を利用した新物質の創製(研究代表者:蔡 安邦)」の一環として行われました。
(本研究成果は、日刊工業新聞、日本工業新聞、産経新聞、化学工業日報、科学新聞の各紙に紹介されました。)

図1 ADF-STEMにおける原子像形成.非常に細く絞った電子ビームを試料上2次元的に走査し、試料中の原子によりある角度方向に散乱されてでてきた電子強度を環状検出器にて測定する 図2 Al-Ni-Co正10角形準結晶のADF-STEMによる原子像.(a)は室温(約20℃)で、(b)は高温(約830℃)でそれぞれ撮影した.図中赤で示した10角形は、この準結晶の構造単位と考えられている原子クラスターである.高温においては、5角形を基本とする準格子(b中の黄点線)点上にある特定クラスターの中心近傍でコントラストが著しく強くなっている


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