世界最小のサイクロトロン運動

強磁場研究センター
磁場利用グループ
阿部 晴雄

 

強磁場研究センター
磁場利用グループ
高澤 健



 私達は強磁場により化学反応を制御するための研究を行っており、その過程でナノスケールのサイクロトロン運動を実現しました。
 通常の分子では、正電荷の原子核(陽イオン)の外側を負電荷の電子が回っており、お互いに引き合う力(クーロン力)が非常に強く、人間が作れる磁場だけでは電子の軌道を曲げることはできません。しかし、2台の波長可変紫外レーザー光を用いて、分子にエネルギーを与えていくと、電子は次第に原子核から離れた軌道に移り、あるエネルギーでついに分子を飛び出してしまいます。この境界のエネルギーであるイオン化ポテンシャル(IPv)のすぐ下の軌道に移った電子は、原子核から遠く離れているためクーロン力が弱まります。
 このような状況では、外部から10テスラ程度の磁場を加えるだけで電子の軌道に影響を及ぼすことができます。図1に、レーザー光の総エネルギー(横軸)に対して飛び出してくる電子の数を測定した結果を示します。一番上のスペクトルは、磁場がないときで、IPv の下に鋭いエネルギー準位が密集して見えています。IPv より高いエネルギーでは電子は連続的に飛び出してきます。磁場が4テスラ以上になると、IPv より高いエネルギーでスペクトル上に周期的な振動がはっきりと見えてきます。これは、サイクロトロン周波数と呼ばれ、磁場の中では電子はとびとびのエネルギー(ランダウ準位という)を持つことに対応しています。
 光のエネルギーをもらって分子による拘束を離れた電子は、磁場がないときには図2のa)のようにゆっくりと離れていきます。しかし、外部磁場があると軌道を曲げられて、b)のように磁場の方向と垂直な面内でサイクロトロン運動を行います。IPv より上で見られた振動は、このサイクロトロン運動を示すものであり、数値計算による予言と周波数が一致しています。
 つまり、図1に示すスペクトル上の振動の観測は、真空中の分子(一酸化窒素)を利用した「世界最小のサイクロトロン(10テスラで直径約16.4 nm)」が世界で初めて実現されたことを示しています。この結果は、外部磁場によって人為的に反応をつかさどる分子中の電子運動を変えられることを示しており、燃焼の火炎中でのイオン化や解離などの基本的な化学反応を制御する技術への発展が期待できます。


図1 一酸化窒素分子に光のエネルギー(横軸)を与えたときに飛び出してくる電子の数
(イオン化スペクトルという)を0〜10テスラの磁場で測定した
IPvは磁場がないときのIPvの位置を示す




図2 IPvのすぐ上のエネルギーをもらって電子が分子から離れていくときの概念図を示す.
磁場があると軌道を曲げられ、磁場に垂直な面内でサイクロトロン運動を行う




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