低コストで高性能な鉄系
形状記憶合金の開発に成功

材料研究所
機能融合材料グループ
菊池 武丕児

材料研究所
機能融合材料グループ
梶原 節夫



 大変高価なTi-Ni系合金に替わる廉価な形状記憶合金としては、鉄系の形状記憶合金であるFe-Mn-Si系合金があります。この合金は加工性、切削性、溶接性にも優れていますが、形状記憶特性がTi-Ni系合金に比べると著しく劣ります。これを改善するために、室温で数%の変形を加えた後、600℃近傍まで加熱して形状を元に戻す処理を数回繰り返す“トレーニング”という特殊な加工熱処理法が考案されています。このトレーニング処理は物理的には応力誘起によるマルテンサイト変態と加熱によるオーステナイト相への逆変態の繰り返しです。しかし、この加工熱処理は工程が多く一定の形状をしたものでなければ適用できないなどの問題があります。そのため、トレーニング無しでTi-Ni系合金に匹敵するような形状記憶特性を持つ廉価な鉄系合金を開発することが産業界において強く望まれていました。
 機能融合材料グループでは、Fe-Mn-Si系合金に微量のNbとCを添加し、1回だけの温間加工の後時効するというきわめて簡単なプロセスにより、形状記憶特性を顕著に向上させることに成功しました。温間加工とは、室温と再結晶温度の間の温度範囲で行う加工です。Fe-28Mn-6Si-5Cr-0.53Nb-0.06C合金(重量%)の場合の形状回復率を図1に形状回復力を図2に示します。形状回復率は600℃で温間加工を施した場合は従来合金のトレーニングしたものと同等であり、また、形状回復力は従来合金をトレーニングした場合よりはるかに大きい値(最大で330MPa)が得られています。このような飛躍的な記憶特性の向上が得られた原因は、温間加工と時効によりオーステナイト相中に数ナノメータの大きさのニオブ炭化物(NbC)微粒子を均一に作り出したことです。さらに、NbC微粒子はその周りに大きな弾性歪みを持ち、そのためマルテンサイト相と母相オーステナイト相からなる幅数ナノメータの層状組織が形成されます。このような層状組織の形成と大きな弾性歪みをもつ高密度のNbC炭化物の存在により高性能な形状記憶特性が得られました。
 この新しく開発した合金は、表紙写真下に示すようなパイプの締結部材として広く応用可能で、家庭用水道配管、石油輸送管、化学工場やオイルプラントなどの配管に適用可能です。また、狭い閉鎖空間であるトンネル工事や地下鉄工事現場での支保工材の締結の場合は溶接に替わる締結方法としての応用が期待されます。
(本研究成果は、日刊工業、日本工業、日経産業、科学、鉄鋼の各紙に紹介されました。)


図1 形状回復率:室温で引っ張り変形した
変形量が加熱によって何パーセント回復するかを示す

図2 形状回復力:加熱によって形状が回復するときに
発生する応力と回復歪の関係:パイプ締結の場合は
前者が締め付け力、後者が締結部材とパイプとの間隙の
大きさに対応する




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