特集“ナノ物質・材料”その2

新しいナノ物質「剥離ナノシート」
合成とその自己組織化累積

物質研究所
ソフト化学グループ
佐々木 高義



 フラーレンやナノチューブに代表されるように、物質をナノメータレベルまで微小化、特異形態化すると通常のバルク物質では考えられない独特の性質を発現することが知られており、様々なナノスケール物質の探索・創製が競われています。表紙(写真上)に示したナノシートはこのような仲間に入る新しいタイプのナノ物質と位置づけることができ、究極の2次元異方性、分子的な厚み、高い結晶性、特異な物性の発現などの魅力ある特徴を有しています。
 層状物質は2次元方向に強い化学結合を介して連鎖したホスト層が残り1方向に比較的弱い結合で積み重なった結晶構造を持っています。我々はこの層と層の間に働く力を弱めて引き離すことにより、分子並みの厚みを持つ2次元状結晶子すなわちナノシートとして取り出すことを試みています。 層状化合物は層と層の間に異種物質
(ゲスト)を取り込む性質を持っているので、この反応を上手に利用すれば層間力を低下させることができます。例えば組成式Cs0.7Ti1.8250.175O4(□は空孔)で示される層状チタン酸化物は、TiとOからなる2次元ネットワーク(層)の間にCsイオンがはさみ込まれた構造を有していますが、Csイオンを嵩高い四級アンモニウムイオン(例えば(C4H9)4N+)と入れ換えると特定の条件の下で牛乳状のコロイド溶液が得られます。このコロイド溶液をX線回折法や電子顕微鏡などにより調べた結果、出発層状結晶が大きく膨潤しており、特にある濃度範囲で完全に剥離して、図1に示す原子配列を持つナノシートが単分散していることが確かめられました。図1からわかるようにナノシートは2次元方向に無限に近い周期構造を持つのに対して厚み方向にはわずかな原子層数層で構成されており、新しいタイプの無機高分子または超微粒子と考えることもできます。このような特異な構造的特徴を反映して様々な興味深い性質を示すこともわかってきています。例えば酸化チタン系ナノシートの光吸収スペクトルには265nm付近の紫外光領域にシャープなピークが見られ、その吸収端はバルク酸化チタンに対し大きなブルーシフトを示します。
 このようなナノシートの魅力をより有効に引き出す一つの方策として、固体表面にナノメータ精度で自由に並べる技術の確立が望まれています。我々は「自己組織化」と呼ばれる反応を活用することによりナノ
シートの基板上への積層を試みています。その累積反応は図2に示すように反対電荷を有するナノ物質間に働く静電相互作用が駆動力となっています。一方のナノ素材が基板表面をモノレイヤーで覆うと反応が自己停止し、次のステップでは反対電荷の素材の吸着が行われることを動作原理としています。酸化チタンナノシートが分散したコロイド溶液とカチオン性有機ポリマー溶液の濃度、pH等を適切に調整した後、各溶液に石英ガラス等の基板を数十分ずつ浸漬する操作を反復すると、それぞれの成分がサブナノ〜ナノメータ単位の厚みで繰り返す多層超薄膜がレイヤーバイレイヤーで成長することが確かめられました。この手法は穏やかな水溶液反応を上手にコントロールすることで分子線エピタキシー法(MBE)に匹敵するナノ構造制御を可能とすることが特徴です。また超高真空技術、高度ビーム技術に支えられたMBE法に比べて省エネルギー、低コストである点も大きな利点です。
 本手法をさらに発展させることで、複数のナノ物質を任意の組み合わせ、順番、周期で基板上に集積することも可能になります。我々のグループではペロブスカイト構造を持つニオブ酸化物、電極材料として期待の高いマンガン酸化物など多様な組成・構造・物性を持つナノシートの合成も可能となってきており、これらを超格子的にナノレベルで累積、接合することで様々な機能性を集積・協奏させた系を設計的に構築することも夢ではないと考えています。
 現在人類が直面している諸問題、例えば環境、エネルギー問題の解決のためには極めて高度で複雑な機能が必要とされており、一つの素材だけでは必ずしも充分でない場合も予想されています。我々が現在進めているプロジェクト研究「ナノスケール環境エネルギー物質に関する研究」では、ここで紹介したような技術を基盤として半導
体/固体電解質/電極活物質などのナノ素材を集積・接合し、充電可能で光利用効率の高い新型太陽電池の実現を目標の一つとしています。



図1 酸化チタンナノシートの構造
上図が2次元結晶面、下図が側面投影図
赤丸がTi、青丸が0を示す
 

図2 Fe-Ni のナノワイヤーを注入したBNのナノケーブル




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