特集“ナノ物質・材料”その1

量子機能発現に関する研究

ナノマテリアル研究所
ナノ物性研究グループ
木戸 義勇



 超高速演算、超大容量記憶、電子情報の安全と信頼性など21世紀の情報化社会を支えるには種々の量子効果素子の開発が必要となります。当研究所はこれまで固体の極微構造に起因する量子効果発現に関する研究をCOE化研究として実施し、固体に極微構造を作り込む基本技術やその評価技術を確立し、物質構造変化に起因した新たな機能特性の発現に成功しました。そこで各種の単結晶育成技術、極微構造作製技術、量子
効果評価技術およびこれらを支えるシュミレーション技術をさらに高度化し量子発光現象、量子重ね合わせ現象など新たな量子効果の探索・解明・制御を図ることを研究目的としています。
 単結晶の作製では量子効果の発現しやすい希土類元素を含むバルク半導体結晶を、通常とは異なる手段で作製しています。即ち、原料をタングステンと窒化硼素の二重構造密封坩堝に封入し熱処理して作製します。図1はInP(Yb0.25%)試料についての発光スペクトルで、25Tまで磁場を加えたときのスペクトル変化です。この、強い発光強度を室温でも十分に利用するには、試料をナノサイズまで小さくして、キャリアを空間的に閉じこめることが有効と考えらます。
 一方、微小な超伝導体では、コヒーレンス長(超伝導を担う電子の波動関数の位相のそろった状態の広がり)が数ミクロンになります。したがって、試料のサイズをこの超伝導コヒーレンス長よりも小さくし、ナノメーターサイズまでにすると、位相のそ
ろった電子状態が試料全体を覆うことになります。この時、この電子の波としての性質を利用して、干渉効果を引き起こすことが可能となるため、新規の機能をもつ量子機能デバイスの実現が期待されます。図2には電子リソグラフィー技術を用いて作製した、超伝導金属であるAlの量子リングの電気顕微鏡写真を示します。直径は700nm、線幅は70nmであり、極低温ではリングの周囲の長さが超伝導コヒーレンス長と同程度になります。このリングに磁場を加え、抵抗を測定すると、図3に示したように量子リングの電気抵抗に特徴的な振動現象(Little-Parks振動)が観測できます。これは磁場によって超伝導状態にある電子の波動関数の位相が変化するために、波が強め合ったり、打ち消しあって生じる現象です。磁場の大きさやAl量子リングの形と大きさを変化させると抵抗の振動現象を制御できるので、この研究をさらに進めていけば、新規量子デバイスの実現へと発展できると考えています。
 微小な素子により量子効果を巨視的に観測するほか、量子効果の計測についてはナノ領域の物理的性質の研究が重要となります。本研究では電子スピン共鳴や核磁気共鳴に伴うトンネル電流や磁気力の変化の計測を利用した磁気共鳴顕微鏡の開発を行います。ナノ領域の磁化など物理量分布の可視化は大容量磁気メモリーの微細磁気構造の研究だけに留まらず、量子計算機の基礎技術として極めて重要です。本研究では室温空間強磁場マグネットと組み合わせて世界に先駆けて作成した強磁場走査プローブ顕微鏡に100GHz帯マイクロ波を組み合わせて強磁場磁気共鳴顕微鏡を作成します。これは量子計算機の基盤となる計測技術として切望されております。量子計算機が本当に実現するには多くの技術開発が必要ですが、完成しますと因数分解や検索、さらには量子力学に基づく物理演算が従来方式の計算機の数千万倍以上に速くなると予測されております
 ナノスケールで制御されたデバイス構造が発現する新しい特性や機能を利用する先端機能デバイスの実現には、固体表面における原子の動的過程を原子スケールで解明し、制御することが不可欠です。高速情報通信用デバイス分野では現在GaAsなどの化合物半導体が使用されていますが、SiGe系IV族半導体ヘテロ構造を応用すれば、光制御も可能となり、環境にも優しい情報通信用デバイスが実現すると期待されています。我々のグループでは、水素終端したSi表面におけるGe原子の吸着・拡散・脱離などの動的過程に関する第一原理に基づいた計算科学的手法での解析を行いました。図4に示すように、水素終端Si表面上に吸着したGe原子は、基板Si原子の下に潜り込んで表面を拡散します。また清浄Si表面上と比べると、Ge原子の拡散は遅くなることが分かりました。Ge原子の表面拡散が抑制される結果、Geの成長様式が、清浄Si表面上での荒れた島状成長から、水素終端Si表面では滑らかな層状成長に変化するものと考えられます。

図1 InP:Ybの発光スペクトル

図2 電子線リソグラフィーで作製した
アルミニウム円環



図3 Al量子リングの抵抗の磁場依存性振動は
量子干渉現象による.

図4 水素終端Si(001)表面上に吸着した
Ge原子の拡散の様子




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