溶融塩法によるセシウムの土壌から水溶液中への抽出

海の恵み(塩)が放射性セシウムを土壌から取り出す

物質・材料研究機構(理事長 潮田資勝)の原田幸明特命研究員と量子ビームユニット中性子散乱グループ加藤誠一主任研究員は、土壌中に安定に固着されたセシウムに対して、食塩などを500℃以上の高温に熱して得られる溶融塩で処理しそののち水洗することで90%以上のセシウムを土壌から引きはがし、吸着などの処理のしやすい水溶液中に移行できることを確認し、それに基づく技術を特許として出願した。
この技術を優れた吸着材と組み合わせると、土壌の中の高セシウムの粘土物質からセシウムを取り出して低体積の吸着材の中へと大幅な減容化を行える可能性がある。

背景

 福島第一原発の事故による放射性セシウム汚染は原発の近隣のみならず東日本一帯をはじめとする広域におよんでいる。そのセシウム量は東電の発表によると36Tera Bq(36Bq)と推定されているが、おおもとの容積は金属セシウムにすると20cmの立方体に入る程度である。この少量のセシウムが東日本を中心にする広域に拡散して放射線を出しているため、それだけでもその除染は難しい。さらに、土壌中にはセシウムを安定に固定する粘土成分があり、これは水の汚染を防止するという意味では大いに役に立つものだったが、一旦土壌中に取り込んだセシウムをそこから取り出すことを困難にし、大量のセシウム汚染土を生み出している。現在福島をはじめとして除染の作業が進められているが、それに対応して除染後の汚染土が大量に発生し、その一時保管、中間貯蔵、最終処分場の問題となっている。

 ここで、除染後のセシウム汚染土からセシウムを取出し、より小さな容積の中に集めることがでて減容化と言われる処理が可能になれば、中間貯蔵、最終処分に要するエリアを縮小できるとともにその管理もより集中的・効果的に行うことができるようになる。また、こうして放射性セシウムを取り出したのちの大量の土壌も、そのような中間管理や最終処分での遮蔽体として活用することさえ可能となる。

技術的到達点

 土壌中の粘土鉱物がそのナノサイズの原子の層状構造の中にセシウムを取り込むことは以前から議論されていたが、今回の事故の後、日本の多くの研究者がナノ構造の観察などでそれを実証している。一般に物質の吸着には物理吸着、化学吸着、静電吸着があるが、セシウムの土壌中への吸着は静電吸着の中でも電荷に原子の立体構造が作用する強固な永久荷電によるもので単純な化学的処理で溶離することは難しいとされている。

 それに対して、化学的処理で結晶構造の層間の間隙を広げてセシウムを取り出しやすくするなどの方法が試みられているが、大量の酸を必要とするなど多くの問題が残っている。一方で、粘土鉱物の結晶構造は高温になると変態を起こして不安定になるため、加熱することでセシウムを粘土鉱物から遊離させることも試みられている。たとえば原子力機構は2011年の初期の段階で過熱による除去を試みているが土壌中にあるケイ酸などとの反応で除去するには至っていない。それに対しすでに1994年にアメリカのオークリッジ研究所ではNaClの添加が1000℃以上の高温でセシウムの土壌からの離脱を促進することを報告しており、さらに若狭エネルギー研究所は焼却施設にNaClを添加し1300℃に加熱することでアルカリ塩の形で大量のセシウムを回収できることを報告している。さらに、農研機構と原子力機構は共同でCaCl2にある種の促進剤を添加して1300℃に加熱することで99%のセシウムが除去できることを報告し、太平洋セメントが同様の方法でキルンを用いた実証を行っている。しかし、これらは1300℃という高温の処理が必要であり、また回収後のセシウムの濃縮、減容化についてはまだ未開拓である。

技術の内容

図1 溶融塩処理の手順画像図1 溶融塩処理の手順

 この技術は1000℃以下の温度で土壌を処理し、セシウムを水溶液中に取り出す技術である。セシウムを一旦水溶液中にイオンとして取り出すならば、そのあとに優れたセシウム吸着材と組み合わせることでセシウムの大幅な減容化が実現できる。


図2 処理温度と 残留土壌中Cs(Y/X)と塩水中Cs(Z/X)関係画像図2 処理温度と 残留土壌中Cs(Y/X)と塩水中Cs(Z/X)関係

この技術が用いるのは、食塩(NaCl)と除湿剤に使う塩化カルシウム(CaCl2)である。この食塩と塩化カルシウムを重量比で1:2に混合して過熱すると約500℃で熔解して溶融塩になる。

 このNaCl-CaCl2の溶融塩に土壌を浸してしばらく置くと、土壌の中からセシウムが遊離し、NaCl-CaCl2の溶融塩の中に溶け込む。

温度を下げたのちに溶融塩と土壌の混合体を取出し、それを水洗するとNaClCaCl2およびその中に溶け込んで塩化物CsClになったセシウムは水溶液である塩水として溶け出し、土壌の残渣は固体として残る。

この後、その水溶液である塩水から吸着材を用いてセシウムを吸着・回収すればよい。吸着後の塩および水には基本的にセシウムは含まれないので、循環利用をすることもできる。

1にはその概要を示し、結果は図2のようになっている。


図3 700℃ 3時間処理の場合の 塩量と土壌残留率等との関係画像図3 700℃ 3時間処理の場合の 塩量と土壌残留率等との関係

450℃は溶融塩が形成されない温度であり、そこではセシウムはほとんど土壌中にとどまっている。それに対し溶融塩が形成されると溶融塩中に取り込まれるセシウムの割合が増加する。しかし、温度が高すぎると土壌にも溶融塩にも残らないセシウムが増えるが、これはこの温度から気相中への揮散が起こっていることを意味する。(なお出口部分に線量計を置いたが優位な変化は得られていない。) 700℃、800℃の場合も塩水中のセシウムは土壌中の残留セシウムと合わせた量の95%以上になっている。

 図3は処理温度700℃とした場合の塩の量とセシウムの移行状態の関係である。当初、溶融塩中に土壌を漬けるというイメージで考えており、土壌に対して大量の塩を必要とすることが懸念されたが、土壌の半分近くの量の塩で土壌中の残留セシウムを一割以下にすることができ、循環利用などとの組み合わせで実用可能なシステムが組める可能性がでてきている。


技術の基礎

図4 温度(横軸)と生成自由エネルギーΔG0の関係図画像図4 温度(横軸)と生成自由エネルギーΔG0の関係図

 この技術が注目するのは、熱力学的な性質である。図4は温度と生成自由エネルギーの関係を示したものである。其々の線はある物質が生成されるときにその温度(横軸 K:絶対温度 Kは℃に約273を足したもの)で必要な化学エネルギーの値を示しており、上に行くほど不安定で、ゼロを超えるものは通常安定には存在できない。ゼロ以下のものでもグラフの下の方にあるものほど安定で、物質がきちんと供給されれば、グラフの下の方の物質になる。

 セシウムの場合、ガスが1000℃で不安定から安定になり、これはセシウムが1000℃以上で揮発することを意味している。しかし、グラフではその直下にCs2Si2O5のラインがあり、シリカ(SiO2)が存在すれば、セシウムは揮発せずにCs2Si2O5になって固相中に残ってしまう。注意すべきはCs2Oのガスがグラフのゼロより下にあり相対的に安定なため低温でもゼオライト等の結晶構造が壊れてセシウムが離散すれば揮発が起きる可能性がある。しかし、その下にCs2CO3があり、二酸化炭素(CO2)の存在下では炭酸塩Cs2CO3となり固定化される。


 この技術が注目しているのは、それらの下方にあるCsClである。先述した揮発方はこのCsClのグラフが曲がっている温度(CsClのガス化温度)より上を用いるが、この図から塩化セシウムはガス化温度以下でも十分安定であることがわかる。

 この反応を効果的に行わせるには、溶融状態の塩と反応させるのが好ましい。しかし、塩源としてNaClを用いるとその融点は801℃と高いため装置的な負担が大きくなる。そこで、食塩(NaCL)CaCl2を混ぜると、電子回路のはんだ付けにつかう半田のように融点が下がり504℃で悠々状態になるため、NaClCaCl2の混合塩を用いてより低温で処理できるようにしたものである。

技術の持つ可能性と課題

 課題から述べると、なんといっても炉の材質の問題がある。溶融塩はアルミニウムやレアアースなど金属の製錬に用いられるが、その場合の炉材はセラミック耐火物であり、またそこから得られる製品価格も高いため繊細なメンテナンスが行われるが、土壌の処理でかつ得られるものの有価性がない場合に、繊細なメンテナンスを必要とするセラミクス系の耐火物では難しい。一方金属では高温腐食の問題がでてきて特に塩を使う場合は塩、さらには発生する塩素ガスとの反応が著しくなる。アメリカの溶融塩方式の原子目の実験ではハステロイと呼ばれる耐熱性ニッケル基合金が使われたが、そのような高価な金属を使用した設備が大量の土壌処理に用いられる可能性は少ない。基本的には耐熱合金の表面をセラミクスコーティングした材料が適切であろうが、その分野での技術進展と協力しながらプラントイメージを具体化していく必要がある。

 もうひとつの問題は、大量の塩の取り扱いである。海水がいかに無尽蔵とはいえ土壌と同等量の大量の塩を準備するのは困難である。塩を効果的に濃縮させながら循環するシステムを構築していく必要がある。

 さらに、塩水からの吸着の問題がある。塩水に抽出してもそれを海洋に流すようなことがあれば、せっかく土壌中に固定化された放射性セシウムをひろく拡散させることになる。この土壌中からのセシウムの取出し技術は、塩水からセシウムを吸着し濃縮・減容化できる吸着剤の存在と併せて初めて意味を持つ。

 

 上記のような問題点をさまざまな技術との連携で解決していけば次のようなプロセスが想定出来る。

図5 溶融塩法のいくつかの可能性画像図5 溶融塩法のいくつかの可能性

回分処理法はラボスケールのものをそのまま大きくした方法であり、溶融塩炉を準備してそこに土壌を入れて処理していく方式である。材質の問題と処理量を考えると800℃という金属などの熱処理としては相対的に低い温度での処理であることを生かして、炉と容器を切り離し、容器(ボックス)は何度か使ってリサイクルに回すというのがボックス法である。

 また、土壌をふるい分けなどで放射性セシウム分の高い粘土を分離してそれだけを集中処理するとすれば、連続的に土壌を浸漬していく方法も可能であろう。

 さらに、食塩の添加で1000℃以下でもセシウムが揮発できることを生かして、草木と土壌の混合物を食塩添加で燃焼させ、そこで揮発したセシウムを含むガスを溶融塩に通してセシウムを溶融塩中に塩化物として安定化させる方法もありうる。また、この方法は既存の焼却炉のダイオキシン処理などのアフターバーニングと併せて行うことも考えられ、溶融塩部分だけのアタッチメントとする方式もありえよう。

 

 少なくとも塩化セシウムの揮発温度よりはるか下の約600℃の温度でこの溶融塩法はセシウムを土壌から取り出すことができるので、さまざまな技術と結び付けて弱点を克服し放射性セシウムの除去に貢献させたいと考えている。




お問い合わせ先

(独)物質・材料研究機構 特命研究員
          原田幸明
           TEL 029-859-2668
E-Mail: HALADA.Kohmei=nims.go.jp(「=」を「@」に変更してください)
量子ビームユニット 中性子散乱グループ 主任研究員 加藤誠一
029-859-2816
現在米国オークリッジ国立研究所に長期出張中。3月14日帰国予定。

加藤誠一
E-Mail: KATO.Seiichi=nims.go.jp(「=」を「@」に変更してください)

サイトメニュー