Photos by Michito Ishikawa
原子ってなあに?
私たちが暮らしている地球には、いろんなものがあります。道ばたの石、公園の木、校庭にある鉄棒、授業で使うノートやえんぴつや消しゴム。
こういったものすべてが「原子」からできています。では「原子」って、そもそもいったいなんなんでしょう?
右の図を見てください。たとえば、この四角を鉄のかたまりだとします。このかたまりを半分に割ります。そのうちの一個をまた半分に。さらにそのなかの一個を半分に。
どんどん半分にして、どんどんどんどん小さくしていって……どこまで小さくできると思いますか?
実は、ここが限界!これ以上はぜったい小さくできない!
っていうところがあるんです。
その最後のかたまり。それが原子。
注:本当は陽子とか電子とか素粒子とか、もっと小さいものもあるけれど、それはまた別の話。材料や物質を構成するものとしては、もっとも小さい単位は「原子」です。
原子の大きさってどのくらい?
では、そんなに小さい小さい原子の大きさって、実際にはどのくらいだと思いますか?まず、私たち人間の大きさを基点にして、10ぶんの1ずつ、小さいものを探していってみましょう。
人間の10ぶんの1のサイズがハムスター。
ハムスターの10ぶんの1サイズがみつばち。
みつばちの10ぶんの1がアリ。
アリの10ぶんの1がダニ。
ダニの10ぶんの1がスギの花粉。
スギ花粉の10ぶんの1が大腸菌。
大腸菌の10ぶんの1がインフルエンザウイルス。
インフルエンザウイルスの10ぶんの1がタンパク質。
タンパク質の10ぶんの1がアミノ酸やフラーレン(炭素が集まったサッカーボール型の分子。これがだいたい1ナノメートル)。そしてそれを10ぶんの1にしたら、ようやく原子の大きさになりました。
つまり原子は0.1ナノメートルという大きさです。
原子っていろいろあるの?
原子には、たくさんの種類があります。
それを全部表しているのが、この元素周期表です。どのくらい種類があるか知ってますか?
そう、118個あります。
そのうち自然のなかにあるのって何個くらいでしょう?
92番のウランまでが、すべて自然にあるものです。だから92個。本当のことを言うと、今はこのうちのいくつかの原子は自然にはほとんどなくなっちゃいました。
昔、地球ができたころにはあったんですが、だんだん時間がたってほかの物質になって、なくなってしまったんですね。
43番のテクネチウムなどがそうです。だから今自然にある原子は90個くらいと覚えておけばいいですね。
道ばたの石も、公園の木も、そして私たち人間も、
この約90個の原子の組み合わせでできているんですよ。
注:ウランより大きい番号の元素は人工的に作られたものですが、ほんのわずか、自然の核反応でつくられることもあります。
私たちは、何の原子からできてるの?
では、元素周期表のなかで次のものを探してみましょう。鉄と金はどこにあるかわかりますか?
では水は?
水(H2O)は、水素と酸素、ふたつの原子からできていますね。
二酸化炭素(CO2)は? そう、これもふたつの原子、炭素と酸素からできています。
じゃあ、人間は?
このくらいあります。
赤いのはたくさん入っているやつ。
青いのはちょっとだけど、ないと困るやつ。
ナトリウムと塩素で、塩分。
カルシウムやリンというのは骨。
こういうのがいっぱい入っていて、私たち人間はできています。すべての物質はこういうふうに、原子の組み合わせでできているんです。
どのくらいの原子が集まって、ひとつの1円玉になる?
じゃあ、ここでもうひとつ問題です。お財布のなかから、1円玉を出してみてください。1円玉は何でできていますか?
……そう、アルミニウムでできています。
では、この1枚の1円玉のなかに、アルミニウム原子はどのくらいあるでしょう?
元素周期表のなかから、アルミニウムを見つけて、ちょっと計算してみましょう。原子にはそれぞれの重さがあります。(元素周期表にはそれぞれの重さが書いてありますよ)アルミニウム原子の重さは約「27」であることがわかっています。
実はどんな原子でも、ある決まった数だけ集めると、その元素周期表にのっているそれぞれの重さになるんです。(その決まった数というのは、6.02×10²³で、アボガドロ定数といいます。なぜ6.02×10²³なのかは、ちょっとむずかしい話なので、また別のときに)
つまり、27グラムのアルミニウムのなかには、6.02×10²³の数の原子があるということです。
さて、1円玉自体の重さは1グラムです。
なので1円玉のなかにある原子は、約27グラムのアルミニウムのなかにある原子の27ぶんの1ということ。
さあ、いくつになる?
こたえは二百二十二垓(がい)。
「がい」。「けい(京)」よりもひとつ大きい単位です。
それだけの数の原子で1円玉はできています。
物質のなかの原子の状態ってどうなってる?
では、さまざまな物質のなかで原子ってどういうふうになっているかわかりますか?
たとえば「空気」。空気のなかには、みなさんが吸う酸素や、吐いている二酸化炭素などがあります。
このなかでは、原子はきちっと並んでいません。ものすごく離れていて、びゅんびゅん飛びまわっています。ふつうに捕まえようとしてもたぶん無理。
次に、水やジュースのような「液体」。
液体になると、みんな集まってきて、数もすごく多くなりました。でもまだきちっと並んでいません。
最後に、氷のような「かたまり」。
かたまりになると、きれいな形に並びました。
でも、実際、本当にこんなにきれいに並んでいるんでしょうか?それを知る簡単な方法があります。
それは「結晶」です。雪の結晶ってきれいな形をしていますよね。あの結晶は、原子の並びの形が出てるんです。
それをもっと詳しく、細かく見るのが「電子顕微鏡」。
この電子顕微鏡を使って「原子をみる」、そして「原子をうごかす」これが今回のワークショップの目的です。
それではまず、電子顕微鏡を使って原子をみてみましょう。
解説:小森和範(NIMS) 編:田坂苑子(NIMS)
Photos by Michito Ishikawa
顕微鏡では何が見える?
では、実際に原子をみてみましょう!
……といっても、原子のサイズは100億分の1m、肉眼ではもちろん、ふつうの顕微鏡でもみられません。
わたしたちの肉眼でみえるいちばん小さいものは、ダニや細い髪の毛の直径くらいです。だいたい0.1~0.5mm。これより小さいものをみるのは難しいです。
みなさんが理科の授業で使ったことがある光学顕微鏡でも、見えるものはマイクロメートルの世界まで。ゾウリムシ(約0.2mm)から大腸菌(長さ約2μm(マイクロメートル)、幅約0.2μm)くらいです。
*マイクロメートルは1000分の1mm
インフルエンザウイルス(約100nm(ナノメートル)、約0.1μm)以下の大きさになると、もう光学顕微鏡ではみえません。ナノの世界がみえるのは、電子顕微鏡です。原子(約0.1nm)も、この電子顕微鏡でみます。
このどこまで細かいものがみられるか、という能力の指標となるのが分解能*です。つまり、人間の肉眼の分解能は、約0.1mm。光学顕微鏡の分解能は、約0.2μm。そして電子顕微鏡の分解能は、約0.1nm以下、というわけです。
※分解能とは2つの点がどのくらい離れているか見分けられる能力のこと。たとえば分解能が1mmの顕微鏡は、1mm離れた距離の2つの点を区別してみることができますが、それより小さい距離の点はぼんやりと重なってしまい、はっきりした像が得られません。
光学顕微鏡と電子顕微鏡では何がちがうのでしょう?
簡単に言うと、光でみるか、電子線でみるかの違いです。
光学顕微鏡では、対象物からの反射した光をレンズで拡大し、その虚像を観察します。簡単に言えば、虫眼鏡の原理を発展しているんですね。
そして、光を利用しているため、光の波長程度、つまり約0.2μm (200nm)くらいの大きさのものまでしかみることができないんです。
そこで、より小さなものをみるには、波長が光の波長の10万分の1以下である電子線を使った電子顕微鏡を用います。光学顕微鏡の約1,000倍もの分解能があるので、0.1nmの原子もみえるというわけです。
ちなみに、レンズも違います。
光学顕微鏡では、ご存知のように光を曲げるためにガラスやプラスチックでできているレンズを使いますが、電子線はそのレンズでは曲がりません。なので、電子顕微鏡では、「電子レンズ」と呼ばれる銅線を巻いたコイルを使います。このコイルは電流を流すと電磁石になります。電子線は電子の流れ(電流)であるので、磁石の近くでは進路が曲がるんです。これを利用して、レンズの働きをさせています。また、電子線は空気中を長い距離進むことはできないので、電子顕微鏡の内部を真空にして使います。
2種類の電子顕微鏡
電子顕微鏡には、透過型電子顕微鏡(TEM: Transmission Electron Microscope)と、走査型電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscope)とがあります。
透過型は文字通り、対象物に電子を透過させて像を作り出し、内部の構造を観察します。ですので、対象物はかなり薄くしないといけません(0.1μm以下)。
走査型は、電子線を当てて、対象物から出てくる電子(二次電子といいます)を使います。対象物の上に電子線を走らせ、つまり、走査(scan)し、それで得た座標の情報から、対象物の像を描き出します。
透過型電子顕微鏡でみる原子はどんなふうにみえる?
さて、今回はNIMSにある「収差補正式 透過型電子顕微鏡」を使って原子をみてみます。
薄い黒鉛(炭素)のうえに白金(プラチナ)の原子をのせたものを観察します。電子顕微鏡のスクリーンに映し出された像の倍率を上げていくと……
規則的にびっしり並ぶ黒鉛の原子と、
そのうえにポツポツとちらばる白金の原子がみえました。
そう、原子はこんなふうにみえるんです。
原子がみえると、どんなことに役立つの?
その材料の原子がみえれば、材料の構造を調べることができます。その材料が、どんな元素からできているのか、原子がどんな並び方をしているのか、どんな不純物がどのように入っているのか、どんな欠陥があるのか。
それがわかると、その材料が、どうしてそういう性質なのかもわかってきます。そうすると、うまく構造を作りかえることで、材料の性質を変えることもできるようになります。どんな構造にすればいい材料ができるかまで、予想がつくようになるのです。
原子がみえるということは、わたしたちの生活に役立つ新しい材料を作り出すということにもつながるんです。
解説:橋本綾子(NIMS) 編:田坂苑子(NIMS)
Photos by Michito Ishikawa
あんなに小さい原子をどうやって動かすの?
さて、原子が実際に電子顕微鏡でどんなふうにみえるかわかったところで、今度は、みえた原子を自分たちで動かしてみましょう。
でも、あんなに小さい原子をこの手で自由に動かすことなんて、本当にできるんでしょうか?
走査型プローブ顕微鏡の一種である原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscope)という特別な顕微鏡を使うとできるんです。これがあれば、子どもだって原子や分子を動かすことができます。
「原子をみてみよう!」で少し説明しましたが、走査というのはScan(スキャン)することでしたね。そして、プローブは「探針」のことを言います。
突然ですが、真っ暗ななかで見えないものの形を確かめるとき、どうしますか?いちばんわかりやすいのは、指で形をなぞってみることですよね。ただ、大きい段差なら指でなぞれば形ははっきりわかりますが、指よりもずっと小さなもの、たとえば砂粒みたいなものだと指では形がわかりません。測られるもののほうが小さいとダメなんですね。
だから、精密なものを測るためには、対象物を測る「探針」、つまり指先に相当するところをものすごく細くする必要があります。
指の代わりに細い探針で対象物をなぞる。
それが、走査型プローブ顕微鏡の原理です。
だから、原子を測るには、探針を原子一個の大きさまで小さくする必要があるんです。
ただ、それだけ細い針だと、直接対象物に触れてなぞろうとすると、針が壊れてしまったり、あるいは対象物のなかにめりこんで対象物が変化してしまったりする可能性があります。なので、触れるか触れないかのギリギリの隙間をあけてなぞっていかなければなりません。
では、どうやってその隙間をあけたまま、原子の形を測ることができるんでしょう?
原子間力顕微鏡(AFM)のしくみ
原子間力顕微鏡(AFM)は、その名の通り、原子間にはたらく力を利用した装置です。装置の原理は、左の図でみるとわかりやすいでしょう。
探針が先についたカンチレバーという部分が少したわんでいるのがわかりますか?AFMはこのたわみが一定になるようにレーザー光でモニタリングしています。
探針が表面にある原子に近づきすぎると、原子間力が強くなって探針が引っ張られ、カンチレバーのたわみが大きくなります。探針が離れると原子間力が弱くなるのでたわみが戻ります。カンチレバーがたわみすぎると、レバーに当たっているレーザー光の反射の角度が変わってしまいます。
そこで、レーザー光が常に同じところに反射されるようにしていれば、カンチレバーの先にある探針と原子の表面の距離が一定に保てるというわけです。
原子を一個だけ動かす。
さて、いよいよ原子を動かします。
整列した原子のなかからひとつだけ原子を動かすときは、
探針を、原子間力を測るときよりも少しだけ観察物の表面に近づけます。すると、AFM探針から引力を感じた原子がひとつだけ表面から少し引っぱられ、探針と表面とのあいだに浮きます。探針をそのまま横に平行移動させれば、
原子は探針と観察物の表面とのあいだを浮いたまま探針と一緒に移動するというわけです。
好きなところまで動かしたら、そっと探針を表面から離します。すると原子は探針の引力を感じなくなり、
ふたたび表面に落ち着きます。
今回は、銅のうえに金の原子をパラパラと撒き、その金の原子を好きな場所に移動してみました。パソコンの画面上にうつる原子の像を見ながら、マウスで探針を操作します。画像では、銅の表面にある原子は緑、その上にのっている金の原子が青い点で表わされています。
原子や分子をこのように思いのままに動かせると、
原子レベルでの加工技術も可能になり、新機能を発揮する新しい物質をつくりだしたり、これまで想像もつかなかった新しい用途を見つけだしたりできるんです。
解説:オスカル・クスタンセ/清水 智子(NIMS)
編:田坂苑子(NIMS)