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女屋 崇 Takashi Onaya
31歳:群馬県出身
ナノアーキテクトニクス材料研究センター 半導体材料分野 超薄膜エレクトロニクスグループ 研究員

「U-35」とは?
博士の学位取得後8年未満の研究者を支援する「科学研究費助成事業(科研費)・若手研究」の応募資格者(おおよそ35歳以下)を対象に、NIMSで活躍する研究者やエンジニアおよび、その研究を支える事務職員をご紹介します。

小学生の頃、群馬の山あいの集落で暮らしていました。温泉が湧き、豊かな自然に囲まれた場所で、今でも鮮明に思い出せます。でも、ダム建設によってその集落は湖の底に沈み、今では残された記録もごくわずかです。 この体験が、自分の原点にあると思っています。

「もっとできることがあるんじゃないか。科学技術で、あの時の気持ちを少しでも埋められるんじゃないか」。そんな思いが、私の研究の原動力です。

大学受験では、第一志望の筑波大学には届かず、明治大学に進学しました。それでも、どうしてもつくばで研究がしたくて、学部4年時からスタートしたNIMSとの共同研究をきっかけにつくばに引っ越しました。もともと負けず嫌いな性格なので、「やってやろう」と腹をくくったんです。

NIMSでは、原子層堆積法という技術を日本でいち早く取り入れたナノアーキテクトニクス材料研究センターの特命研究員である生田目俊秀(なばため・としひで)さんのもとで研究を始めました。その経験を通じて原子層堆積技術の奥深さと面白さを学びました。以来、私はずっとこの技術に携わっています。

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「原子層堆積技術の第一人者、生田目さんとは、今も一緒に実験をしています。いつも頼れる師匠です」

構造が複雑になっていく一方で、物自体は小型化が求められる——そんな難題を抱えているのが半導体の世界です。ナノスケールの3次元デバイス構造に対して、原子一層分の薄膜を均一に堆積させる。原子層堆積法はそれを可能にする技術です。たとえば、トランジスタやメモリの心臓部ともいえる絶縁膜の膜厚や構造を原子層レベルで制御することで、性能を向上させるだけではなく、小型化を実現して電力消費を抑えることも可能になります。精度も要求も非常に高いですが、だからこそやりがいがあります。「無理だ」と言われたことほど、なおさら実現してやろうと思う。そして「原子層堆積技術といえばNIMS」と言われるような研究をすることが私の目標です。

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「新しい機能を持った薄膜や構造を作りこむ土台となるシリコンウエハを原子層堆積装置にセットします。目に見えないレベルの塵や埃でさえ汚染につながってしまうので、空気の清浄度が管理されたクリーンルームで特殊な服を着て実験しています」

原子層堆積法の応用範囲は半導体分野にとどまりません。たとえば人工骨のコーティング、太陽電池の高性能化など、医療やエネルギー分野にも応用することができます。NIMSでは、さまざまな分野の研究者とつながれる環境があり、視野も自然と広がっていきます。

私は、単に原子層を作るだけでは終わらせたくない。デバイスの性能まで自分の手で測定します。新しい機能を持った薄膜や構造を発見した時の喜びが、次なる研究のモチベーションにつながっています。材料を作り、その性能を測定し、応用の現場まで見届けるという一連の研究スタイルが私の理想です。産業界のニーズも意識しながら、原子層堆積法を実際に社会の幅広い分野で使われる技術に仕上げていきたいと思っています。

自分で選んでつくばに来て以来、NIMSに軸足を置きながらも、国内研究機関やアメリカの大学でも研究活動を行ってきました。時に苦労しながらも、目標に向かって一歩ずつ進んできたことで、いつの間にか「可能性は自分次第でいくらでも広げられる」と思えるようになりました。誰かに期待されると、「その期待を超えてやろう」と思う。大きなゴールに対して、小さなステップを積み重ねていくことが好きなんです。

もう一つ、自分を形成する大事な柱が小学生の頃から続けてきた『サッカー』です。今も地域のクラブに所属し、昼休みにはNIMSサッカー部の幅広い年代の仲間たちと青々とした芝生のグラウンドでボールを蹴っています。つくばには、研究のこともプライベートのことも年齢や役職に関係なく気軽に話せる仲間がいる。それがすごくありがたいし、研究を続けるうえでの大きな支えになっています。ちなみに、妻と出会ったのもNIMSサッカー部でした。

研究も、サッカーも、そして人生も。自分の力がどこまで人や社会の役に立てるか、それを確かめたい。その思いが、今日も私を実験室へと向かわせています。

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「職種や研究分野、年代などの壁を超えて集まったのがNIMSサッカー部。みなさん優秀な研究者ですが、地域の大会で優勝するくらい練習にも熱心なんです。まさに文武両道を体現しています」

【取材・文・写真】松井龍也(NIMS広報室)