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超合金のおかげで飛行機の燃費が良くなる!?
世界一の耐熱超合金のヒミツ!

【取材・文】
オンライン・デザイン・マガジン「PingMag」編集長 トム・ヴィンセント氏

”超合金”― なんて素敵な響き!

まずその言葉から想像するのはSFに出てくるロボット!まさに夢の素材。
でも単なる夢物語の世界ではなくて、いまこの現実の世界にも存在して、私たちが利用する飛行機を実際に変え始めているって知ってました?
昨年、就航されて話題を集めたボーイング787、この飛行機のジェットエンジンに使われているのは、日本で開発された世界最強の超合金なのです。

いったい何が最強で、何を可能にしてくれたのか。
この超合金を開発したチームにお話を伺ってきました。

超合金

簡単に言ってしまうと、超合金とは超高温にも耐えることのできる強度をもった金属のこと。飛行機のジェットエンジンに使うことで、燃費を大幅にアップすることができるそう。その効果は絶大で、なんと飛行機1機あたり年間1億円もの燃料代を削減できるとか!

また、飛行機以上に超合金の利用が注目されているのは、火力発電のガスタービン。ガスタービンの耐熱温度を上げることで、より効率的な発電をすることができるうえ、CO2の排出も大幅に抑えられるので、環境にも優しい!
そんな生活に密着したところで今最も必要とされ、私達の生活を変えているのがこの超合金なのです。

世界でも指折りの超合金の研究、開発チームである、NIMSの原田広史さんと小林敏治さんに、「超合金って何?」というところからその作り方、超高温に耐えるとなぜ燃費が良くなるのかなど、超合金の秘密をいろいろと教えていただきました。

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(左から)原田広史さん、小林敏治さん

そもそも合金とは...?

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そもそも合金ってどういうものなんでしょうか?ある金属とある金属を掛け合わせて、新しい金属を作り出すことという認識であってますか?

(原田)そうですね。ある元素とある元素をうまく溶かし合わせると不思議なことにそのどちらよりもいいものができるんです。それが合金のいいところなんです。1+1+1が4にも5にもなる、そんな感じですね。

普通の合金と原田さんが研究されている"超"合金の違いってなんですか?

(原田)超合金っていい名前でしょ(笑)。何が「超」かっていうことですね。例えば、一般的なものだとステンレスがあるんですけど、ステンレスっていうのは鉄にニッケルとかクロムがちょっと入っているもので、ニッケルとかクロムの割合が高いほど高温で強く錆びにくくなります。つまり耐熱性が向上します。しかし耐熱性という観点では、ステンレスは大体700℃ぐらいまでしか使えないんです。一方、超合金は今は1,120℃ぐらいまで耐えられるようになっています。そこが「超」なんですね。

ステンレスとNIMSで開発した超合金の耐熱性を比較した動画。ステンレスよりかなり熱に強いことがよくわかる。

その名の通り"超"すごい合金!いったい何からできているんですか?

(原田)私達が研究しているのはニッケルベースの超合金です。ニッケルは、もともと鉄よりも耐熱性がいいのですが、それに加えて許容性が高くて、たくさん色んな元素を入れることができるんです。だから、 ニッケルは超合金を作る時のベースとしては最適なんですよ。あれはダメ、これはダメと言わない、おおらかで非常にいい奴なんです(笑)。

たくさんの元素をそこに加えていくとなると組み合わせは膨大ですよね?

(原田)そうですね。そこで、それぞれの元素がどんな働きをするのか、例えば強度に関してはどんな役割をするのか、耐酸化性についてはどうなるのか、という具合に今までのデータを解析して計算式を作り、コンピュータープログラムにして予測ができるようにしました。それを使って実験を進めています。

こういった超合金の研究は、アメリカだとGE、イギリスではロールスロイスとかが自前で、あるいは大学へ予算を出して研究していたんですけど、彼らはこういう合金設計プログラムというのは持っていないんです。 ほとんど実験だけでやっていたんです。一方で、私達はプログラムである程度絞り込んで実験できる。

このプログラムが私達の開発チームの強みで、これがあってこそ世界最高の耐熱合金を作り出すことができたんですよ。
先代から続く、秘伝のタレみたいなもんです。以前は、外部の方がこのプログラムを使いたいといったらライセンスして使わせてあげてたんですけど、今では私達のノウハウの固まりになりましたから、外には出さないようにしています。けれども、そのプログラムを使って開発した合金はどんどん世の中で使ってもらう、そういう方式にしています。

世界最高の耐熱合金の秘密は結晶の欠陥

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原田さん、小林さんたちはもう40年近くこの研究をされているということですが、その間、どれくらい耐熱合金は進化してきたんでしょうか?

(原田)超合金は、約70年前にジェット戦闘機に実用化されました。私たちが研究を始めた40年前の耐熱性は1,000℃に満たないくらい。それが今では1,120℃。ニッケルベースの超合金の特性で見た時に130℃か140℃くらい耐熱性が上がっています。40年で130℃っていうのはウサギとカメでいくとカメさんなところはありますけど、エンジンを設計している人からするとすごいインパクトのある数字だそうです。

超合金

ニッケルベース超合金の耐用温度向上の歴史。NIMSでは、転位(結晶の欠陥)を絡めて固着したことで、耐熱性を向上させることに成功した。

現時点で世界最高の耐熱超合金はNIMSチームが開発したものですが、この超合金が一位になれた一番のポイントってどこですか?

(原田)超合金も完全な結晶ってなかなか難しくて、ある比率で必ず欠陥があるんですね。転位と呼ばれる線状の欠陥なんですけど、高温で力がかかるとその欠陥が動き回ることで、結晶が変形して最終的に破壊されてしまうので、この欠陥というのは悪者なんです。でもどうしてもある比率では存在する。どうしても欠陥をなくすことはできないので、一時期は諦めかけていたんですけど、 待てよ、と。この結晶の中の欠陥をより細かく網目状で絡めてしまえば動きにくくなる。コンピュータープログラムを使って元素の配合を工夫し、ミクロ組織で欠陥がより細かいネットワークをつくって動けないようにしたんです。そうすると欠陥の比率はむしろ増えるんですけど、同時により絡み合って動きにくくなる。ここが最近の私達の超合金開発の一番のポイントなんです。

欠陥のおかげで強くなるっていうのは、面白いですね!

空を飛ぶ為に必要なのは元素のチームワーク

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この超合金は、主には飛行機のジェットエンジンや火力発電のガスタービンに使われているそうですが、そもそもなんでそこには超合金が必要なんでしょう?

(原田)熱力学の法則があって、エンジンは高い温度で燃料を燃やしたほうが効率よくエネルギーを取り出せます。要するに燃えてできるガスが大きく膨張するので、力も大きくなるんです。だから本当はジェットエンジンとかガスタービンの設計をする人はどんどん 燃焼温度を上げたいんだけども、それを妨げているのが材料の耐熱性なんです。ジェットエンジンだと、離陸時にタービンが毎秒200回転ぐらいするんですが、それで遠心力がかかります。その時の力が大体1枚のタービン翼で15トンぐらい。だから高温でも、その力に耐えうる素材でなくてはいけない。

超合金

飛行機のタービン翼

(原田)高温に耐えられる素材というとセラミックもありますけど、脆いセラミックでジェットエンジンを作ると鳥が飛び込んできた時に全部壊れてしまうことになる。金属でも例えば融点が3,000℃を超えるタングステンもありますけど、重いというのと、酸化に弱い。大気中で1000℃とかになると酸化して燃えるようになくなってしまう。タービン翼っていうのは、強度も、耐酸化性もなきゃいけない。後は最近だと大気中にあるガスで腐食を起こしてしまうということもある。さらには、飛行機っていうのは離着陸を繰り返すので、温度と力が複雑に変化するから熱疲労もある。
いろんなファクターで強くなくてはいけないので、いろんな元素が必要になるんです。

例えば、ある段のタービン翼の耐熱性が40℃上がると、燃費が1%削減できます。1%は飛行機 1機あたりの燃料代にすると年間で1億円ぐらい。耐熱性がさらに向上し、使用する段数が増えればこの何倍かになる可能性があります。あと効率が上がることでCO2の削減にも繋がります。

1%で1億!!CO2の削減も特にこれからの火力発電では重要なポイントですよね。それを実現する為に、それぞれの元素みんなに役割があるんですね。

(原田)そうなんです。クロムは耐腐食性、タンタルは熱疲労特性とか。構造材料って直接人命に関わるようなものは、オール5じゃないといけない。たまに4はあってもいいけど、3があるとダメなんですよ。厳しいんです。他が全部よくてもある一つが悪いとそれで破壊に至ってしまうので。

元となる元素の数がある程度限られていて、配合の比率に依存する結果を予測するプログラムがあるということは、理論上で考えられる最強の構成というのがあるんじゃないですか?

(原田)ニッケルをベースにした場合、理論上だと1,200℃に耐えうる超合金というのがあるんです。でも、プロセスに改良が必要なんですよ。計算上は1,200℃いくんだけども、コンピューター上に出てきた組織を作るにはそれを作る装置も改良していかないといけない。

なるほどー。理論上で成立するから作れるというものではないんですね。

超合金の作り方

この"超"すごい合金がどうやって作られていくのか、小林さんに順を追って実際に見せてもらいました。そこに広がっていたのは、ある意味では古典的ともいえる手法と最先端の科学が融合した世界!

作るのはこういった試験用のサンプル。一番左が完成型、真ん中が蝋で出来た鋳型用の原型、右がセラミックで出来た鋳型。ロストワックスロストワックスとは....
ワックス(ロウ)で作った原型の周りを鋳砂で覆い固め、内部のロウを溶かして取り除くことによりできた空洞に溶融金属を流し込み、冷やして目的の型に固める鋳造方法のこと
の手法で鋳造していく。
まずは蝋で作られた原型をパーツから組み上げていく。ここは手作業。
ハンダ付けみたいな要領で各パーツを繋げていき、組み上げ終わったら乾燥させる。
出来た原型をセラミックの泥につけて、セラミックの鋳型を作成する。この泥の配合は企業秘密!
鋳型が完成したら、いよいよ超合金の制作に入る。こちらがその釡。中は真空になっているので、最初に必要な材料をあらかじめセットしておく。
中に入れた金属が熱されているところ。
実は釡に入れた後も微妙な火加減の調整が必要。
溶けたら鋳型に流し込む。
流し込まれた鋳型を徐々に冷やしていく。釡の構造は上下に分かれており、上で鋳型に流し込んだ後、徐々に下にある冷却装置の方へ下げていき、冷やしていく。
「鋳造には結構ノウハウが必要なんです」とのこと。

基本的には「溶かして混ぜて固める」という伝統的な鋳造の方法と同じですが、ここで出来上がるのは最先端の素材!もちろん作って終わりではない。次に、作られた超合金の耐熱性で最も重要な強度を試験する「クリープ試験」と呼ばれるテストで、1ヶ月以上、場合によっては1年以上もジェットエンジンを模擬した温度と負荷をかけて、破断するまで試験していく。他にも耐酸化試験、耐腐食試験などを行って本当に求められる耐熱強度を持つかチェックするのです。

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クリープ試験装置

論文より世の中の役に立つことが嬉しい

最後に、原田さんと小林さんに超合金の研究をしていく中で、一番面白いところってどこですか?

(小林)自分たちが計算して、それが実現した時は嬉しいですけど、それが実用化に繋がるかというと、なかなか難しくて。我々の目標は論文じゃなくてその先の実用化ですから、使われて本当に世の中の役に立った時が一番嬉しいです。だから今回のボーイング787に使われたというのは本当に一番嬉しいですね!

(原田)そうですね。花が咲いて終わりではなく、果実となって食べていただいてこその成果ですからね。ところで長年研究を続けていると、だいたい超合金が分かった、と思う時が時々あるんですよ。でも、そうじゃないっていうのはやっぱりでてくる。簡単に言えば、元素を混ぜ合わせてどうなるかということなんだけど、まだまだ分からないところがやっぱりあるんですね。恐らく、ニッケルベースで理論上の1,200℃のものに到達するまでには、我々が定年するまでには追いつかなくて、若い世代にバトンを渡していかないと。試みていないけど、ニッケル以外にも面白そうな元素だってあります。超合金の世界は、まだまだ深いなってそう思います。

今日は本当にありがとうございました!

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【取材・文】PingMag トム・ヴィンセント氏(編:NIMS)
【写真】PingMag、NIMS
【協力】環境・エネルギー材料部門 特命研究-超耐熱材料