新しいコマフリー軸調整法

-1枚のTEM像から簡単にできるTEMの軸調整法-

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1. はじめに
 透過電子顕微鏡法(Transmission Electron Microscopy, HRTEM)による観察では,適切な軸調整が不可欠です。この軸調整とは、対物レンズについて、非点、焦点および入射電子の入射方向などを適切に設定することに相当します。特に入射電子の方向と非点は、得られるTEM像の空間分解能等に大きく影響するため、これを正確に(そして,できれば簡単に)調整することが望まれます。
 従来TEMの軸調整には、電圧軸調整法あるいは電流軸調整法と呼ばれる方法が用いられてきました。しかし、近年のTEMの高精度化、高分解能化にともない、電圧(電流)軸調整法に代わる新たな軸調整方法の必要性が指摘されました(F. Zemlin, et al. Ultramicroscopy 3 (1978), 49)。これは、コマ収差が無い方向に入射電子の方向を調整するもので、コマフリー軸調整法と呼ばれており,既にいくつかの方法が提案されています。いずれの方法も、入射電子の方向を変化させて複数枚のTEM像を観察し、TEM像の焦点、非点および位置の変化を測定して、適切な電子線の入射方向を求めるものです。これらのコマフリー軸調整法を行うためには、入射電子の方向を高精度に制御する機能や、TEM像をその場でフーリエ変換して,非点量や焦点を計算する装置が必要です。

2. 新しいコマフリー軸調整方法
 我々は,複雑な装置や特別な試料を必要としない,新たなコマフリー軸調整方法を考案しました。その手順を下図と共に説明します。
 この方法では,まずTEM像の焦点を数μmずらすとともに,入射電子を試料に収束します。図では試料を動かして不足焦点の像を観察しています。試料によって散乱された電子によるTEM像を観察し,そこにみられる火線(caustic curve)の中心に,入射電子がつくる透過スポットが一致するように,電子線の入射方向を調整します。この操作によりコマフリー軸調整ができます。調整後,試料の位置を元の位置に戻せば軸調整が終了します。この方法では特別な装置は必要なく,蛍光板上で像を見ながら調整できます。試料は結晶でも非晶質でも可能です。調整精度は条件にもよりますが,ミスアライメントに換算して1mrad以下にできます。これは現状のHRTEM像で必要とされているコマフリーアライメントの精度をほぼ満足するものです。
          Schematic of coma-free alignment

3. この手法の利点
 この方法では,電子を散乱する試料さえあれば,他に特別な道具はいりません。いわゆる"Zemlin tableau (diffractogram tableau)"を作るために必要な,オンラインカメラやフーリエ変換等の画像処理も,電子顕微鏡のコンピューター制御も必要ありません。
 さらに,格子定数が既知の物質を観察することにより,残存するcoma収差を高精度に検出できます。また1枚のTEM像から,簡単に対物レンズの球面収差係数を測定できます。例えば,結晶の試料を使うと,次のような電子顕微鏡像が見られます。おのおののスポットは回折波がつくる像(回折図形ではありません)であり,Multiple Bragg 像と呼んでいます。周辺に行くにしたがって糸巻き形にスポットの位置がずれていることがわかります。この歪みの量から,対物レンズの球面収差係数や残存するコマ収差,あるいは焦点を測ることができます。

              

4. さらに詳しく知りたい方は

 このコマフリー軸調整法の方法と,原理,および具体例については,下記論文を参照ください。この手法が,Ronchigramを用いた走査透過電子顕微鏡の軸調整方法と等価であることも示されています。

K. Kimoto, K. Ishizuka, N. Tanaka, and Y. Matsui, "Practical procedure for coma-free alignment using caustic figure", Ultramicroscopy, vol.96, 219, (2003).