ローレンツ電子顕微鏡による La1.2Sr1.8(Mn1-yRuy)2O7の磁区構造解析

于 秀珍 (先端電子顕微鏡グループ)

原著論文:X.Z. Yu, M. Uchida, Y. Onose, J.P. He, Y. Kaneko, T. Asaka, K. Kimoto,
Y. Matsui, T. Arima and Y. Tokura
Journal of Magnetism and Magnetic Materials, Vol. 302, 2, (2006) 391-396
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層状ペロブスカイトマンガン酸化物La1.2Sr1.8Mn2O7は強磁性金属のMnO6八面体二重層と非磁性絶縁体の (La,Sr)2O2ブロック層が交互積層した結晶構造をもち、天然の強磁性トンネル接合を形成していると見なすことができます。本研究ではこのようなLa1.2Sr1.8Mn2O7のMnサイトへのRu置換効果を調べるために、La1.2Sr1.8(Mn1-yRuy)2O7の単結晶試料をフローティングゾーン法により作製し、磁化測定とローレンツ電子顕微鏡観察により磁気特性を調べました。 磁化の温度依存性の測定結果から、Ruを20%(y=0.2)ドープした試料において強磁性転移温度(Tc)はおよそ160 Kであり、容易磁化方向はc軸に平行であることが分かりました[1]。それに対して、Ruを含まない(y = 0)物質ではTc = 126 Kであり、容易磁化方向はab面内方向にありました[2]。さらに、Ru置換によるスピン整列状態の変化を調べるため、空間分解能高い透過型電子顕微鏡観察を試みました。図1(a)と(b)はそれぞれy = 0と0.2の[001] 入射での、ローレンツ電子顕微鏡像(フーコー像)です。挿入図は回折の中心スポットを、また白いリングは対物絞りの位置を示しています。磁区に対応して、白と黒の反転しているコントラストが得られました。このような白と黒の帯状の領域は磁化方向が隣接領域間で反平行(矢印で示しているように)であることを表しており、磁区構造はそれぞれ<110>と<001>に向いている180°ドメインであると考えられます。これらの結果からRuを含まない物質の容易磁化方向は<110>であるのに対して、Ruを20%ドープした物質の容易磁化方向はc軸であることが、実空間像として初めて実証されました。

図1:[001]入射La1.2Sr1.8(Mn1-yRuy)2O7の低温(80K)磁区構造ローレンツ電子顕微鏡イメージ(a)y=0,(b)y=0.2。
 さらにy = 0.05の試料について、温度変化に伴う磁区構造の変化を調べました。図2(a)と(b)はそれぞれ20Kと80Kの[001] 入射ローレンツ電子顕微鏡像(フルネル像)です。磁壁に対応して白と黒の線状コントラストが得られました。強度輸送方程式法(TIE)によって図2(a)と(b)に対応する磁化分布を求めた結果を、図2(c)と(d)に示します。極低温20 Kで容易磁化方向はc軸に対して傾いていますが、温度上昇によって、磁化方向がc軸に平行になることが判明しました。以上の結果から、強磁性トンネル材料La1.2Sr1.8Mn2O7のMnサイトへ20% Ru置換することによって、スピンの整列状態が面内から面間へ変わることが判りました。一方Ruを5%置換した試料の容易磁化方向は温度ににより変化する事が判りました。極低温でスピンの整列方向は面内へ傾きますが、温度上昇によって、徐徐にc軸に近づく、80 K付近で完全にc軸方向に変わります。本研究結果は磁性トンネル材料の磁化コントロールおよびスピントロニクスへの応用には非常に有意義です。

図2:温度変化によって、La1.2Sr1.8(Mn0.95Ru0.05)2O7の磁区構造の変化
(a) 20 K, (b) 80 K.それぞれの温度に対応した磁化分布を(c)と(d)に示しています。

参考文献
1. X.Z. Yu, et al, J. Magn. Magn. Mater., 302, 391 (2006).
2. Y.Moritomo. et al., Nature, 380, 141 (1996).