電荷・軌道整列状態の層状マンガン酸化物が示す変調構造
于 秀珍 (先端電子顕微鏡グループ)

原著論文1:Variation of charge/orbital ordering in layered manganite Pr1-xCa1+xMnO4 investigated
by transmission electron microscopy, X.Z. Yu et al., Phys. Rev. B 75, 174441 (2007)
WEB
原著論文2:Direct observation of the bandwidth-disorder induced variation of charge/orbital ordering structure
in RE0.5(Ca1-ySry)1.5MnO4, X.Z. Yu et al., J. Phys.: Condens. Matter 19 172203 (2007)
WEB

ホール(あるいは電子)をドープした層状ペロブスカイト酸化物R1-xA1+xMnO4(R:希土類金属、A:アルカリ類金属)の多彩な物性は、電荷・軌道秩序状態と密接に関係しています[1,2]。このような電荷・軌道秩序状態は、ホール濃度xおよびAサイト(希土類金属Rとアルカリ類金属Aに構成される)のイオン半径間のバリアンス(σ2ixiri2-rA2, riRもしくはAのイオン半径、,rA はAサイトの平均イオン半径を表している)に依存することが、R1-xAxMnO3において既に報告されております[3,4]。今回私達は、特に室温付近で電荷秩序相をもつ層状マンガン酸化物の電荷秩序相制御に着目しました。 フローティングゾーン法で作製した単結晶試料Pr1-xCa1+xMnO4 (0.3 ≤ x ≤ 0.65)について、透過型電子顕微鏡法(電子回折および暗視野法)により電荷・軌道秩序状態がホール濃度(x)および温度によってどのように変化するかを明らかにしました。電子回折パターン上の電荷・軌道秩序に起因するサテライトピークを解析した結果、変調波数δは図1(a)に示すような温度依存性、及び(b)で示すようなホール濃度(x)依存性を有することがわかりました。ホール濃度0.5 ≤ x ≤ 0.6の時、電荷・軌道秩序相は組成(ホール濃度)から期待される変調波数δ=1-xをもち、温度変化は示しません。一方、ホール濃度x < 0.5およびx = 0.65の場合、変調波数は温度により変化します。x<0.5では格子と整合する波数(δ=0.5)をもった変調構造が電荷秩序転移温度(TCO)近傍より現れ、低温になるほど組成と整合する波数(δ=1-x) に接近しています。x = 0.65でのδは、TCO近傍では格子と整合する1/3を示しますが、低温では不整合となり、組成と整合する0.35に近づきます。
  

図1(a) 各組成の変調波数の温度依存性、(b)20K,120Kと240Kにおける変調波数δのホール濃度依存性

次に私達は、Aーサイトの組成を変えた場合の、電荷・軌道整列相の変化について検討しました。フローティングゾーン法で作製した単結晶試料Eu0.5(Ca1-ySry)1.5MnO4 (0.1 ≤ x ≤ 0.75)では、Sr濃度の増加に従って、Aーサイトのイオン半径のバリアンスが大きくなります。Sr濃度(y)の変化に伴う、電荷・軌道秩序状態の変化を、透過型子顕微鏡を用いて電子回折および暗視野法により調べました。  図2と図3はそれぞれ低温でのEu0.5(Ca1-ySry)1.5MnO4の電子回折パターンと暗視野イメージを示しています。Sr濃度yを増やすと、電荷・軌道整列に起因する超格子(図2の矢印で示しているような)の強度が弱まり、超格子スポット径も広がります。超格子の解析結果を図5で示します。y < 0.3の場合は、超構造の波数δは0.25です。従って、電荷・軌道整列相は、格子と整合する整合相です。この時の超格子の半値幅は基本格子とほぼ同じであることから、この整合相の相関長は長距離的であることが判りました。y < 0.3の場合は、超構造の波数は減少し、電荷・軌道整列相は不整合相に変わります。同時に相関長も短距離的に変わりました。図2の超格子反射から得られた暗視野像を図3に示しますが、電荷・軌道整列相のドメインサイズがSr濃度の増加によって減少することがわかりました。

図2:低温(83 K)Eu0.5(Ca1-ySry)1.5MnO4電子回折パターン.


図3:低温(83 K)Eu0.5(Ca1-ySry)1.5MnO4の暗視野イメージ



図4:低温(83 K)でのEu0.5(Ca1-ySry)1.5MnO4の(a)変調波数、及び(b)超格子反射半値幅のSr濃度依存性。

 以上の結果から、層状マンガン酸化物R1-xA1+xMnO4において、Aーサイトのイオン半径のバリアンスが小さいPr1-xCa1+xMnO4においては、ホール濃度0.5の時、安定な格子と整合する電荷・軌道秩序相が得られます。ホール濃度x < 0.5の場合、低温になるほど電荷・軌道秩序相は組成と整合となり、格子とは不整合になります。温度上昇によって、整合ー不整合転移が起きます。ホール濃度x > 0.5の場合、電荷・軌道秩序相は組成と整合となり、変調波数とホール濃度の関係はδ= 1-x となります。一方、ホール濃度が0.5に固定し、Aーサイトのイオン半径のバリアンスを増やすことによって、安定な電荷・軌道秩序相が崩れることが判明しました。

参考文献
[1] Y. Moritomo, et al. Phys. Rev. B. 51, 3297 (1995).
[2] M. Ibarra, et al. J.Solid State Chem. 170, 361 (2003).
[3] Y. Tomioka, and Y. Tokura, Phys. Rev. B 70 (2004) 014432.
[4] Y. Tokura, Rep. Prog. Phys. 69 (2006) 797