原子コラムイメージングのための走査透過電子顕微鏡 (STEM) の開発

木本浩司 (先端電子顕微鏡グループ)

(原著論文) K. Kimoto, K. Nakamura, S. Aizawa, S. Isakozawa & Y. Matsui
J. Electron Microsc. 56, 17-20 (2007)
WEB
はじめに
 走査透過型電子顕微鏡(STEM)は、環状暗視野(Annular Dark Field: ADF)像の観察や、電子エネルギー損失分光法(EELS)との組み合わせの点などから注目されています。STEMにおける1つのmilestoneは、原子コラムのイメージングです。しかしADF像もEELSスペクトルも、弾性散乱電子と比較して強度が弱いため、高い元素識別能を得るためには、プローブ径のみならず高いSN比(〜高ドーズ)が要求されています。我々はSTEMにおいて、高輝度電子銃および装置の安定度向上によるドーズの増大と、分析位置の確度(accuracy)が特に重要であると考えました。本稿では高識別能を目指して開発したSTEM装置の概要と、1Åオーダーの原子コラム分解能で取得したADF像およびEELSマッピング結果を報告します。
開発装置のベースとなったのは、200kVのSTEM専用装置 (Hitachi High-Technologies, HD-2300)です
(図1)
電子銃は冷陰極電界放出型電子銃(cold-FEG)に、対物レンズは20度傾斜が可能な高分解能ポールピース(Cs〜0.6mm)に交換しました。試料ホルダーの安定度を向上させるためのカバーを設置するなど、20以上の改造を施しました。当該改造には、cold-FEGで0.23eVのエネルギー分解能を実現したときの知見も生かしています。EELS分析のためGIF-TridiemおよびDigiScanを設置しました。

(1) 観察例1:SrTiO3
我々はまず代表的なペロブスカイト構造を有する SrTiO3 (001)試料の環状暗視野(ADF)像を観察しました
(図2)。ノイズ低減などのための画像処理はしていません。Cold-FEGでしばしば問題とされる tip-noise等も見られず,電流や偏向電源系の高い安定度が確認できます。
(2) 観察例2: 窒化ケイ素(Si3N4
図3は,1024x1024画素で計測したβ型Si3N4 (0001方位)の、(左)明視野(BF)像と、(右)環状暗視野 (ADF)像で、従来は困難な多画素計測が可能であることを示しています。ADF像ではSiの原子コラムが明るく見えています。これらのSTEM像は,収差補正型STEMで報告されている最近の結果とほぼ同等の結果です。
(4) EELSのエネルギー分解能 
エネルギー分解能はゼロロスピークの半値幅で0.35eVを実現できました(図5)。さらに現在maximumentropy法によるdeconvolutionを行って,さらに高い空間分解能を目指しています。これまでの結果では,0.2eV程度までエネルギー分解能が向上できることを確認しています。

(5) ドリフト計測
STEM像の定量解析には、空間分解能のみならず、その位置再現性が重要です。STEM像の位置の安定性を計測しました。 図6はSTEM像のドリフトを9.6秒毎に21分間計測したものです。測定及び解析には独自に解析したソフトウエアを用いました。ドリフト量は1分間に0.18nmであり、従来装置と比べ、ほぼ1/10となっています。この高い安定性により、従来は困難であった高精細観察や、高SN計測が可能となりました。
おわりに
 原子コラムイメージングを可能とするためには、高い空間分解能に加え、高い安定度が重要です。今回開発したSTEM装置は、その高い位置安定性より、高SNでADF像の観察や像の解析が可能となりました。今後は、強相関系セラミックス、半導体用高誘電率絶縁膜などの実材料に本装置を適用すると共に、さらなる高空間分解能化をめざします。

謝辞
 本研究を進めるにあたり,ご協力・ご指導いただきました,次の皆様(敬称略)に感謝申し上げます。
 Rinaldi, Barfels, Trevor, Kundmann, Hunt (Gatan Inc.),
 中村邦康,会沢,田中,渡辺,砂子沢成人(日立ハイテク),
 松井良夫、古屋一夫,板東義雄,三留正則,倉嶋啓次,長井拓郎,浅香透,横澤忠洋,斎藤光浩(NIMS)。

 本研究の一部は、ナノテクノロジー総合支援プロジェクト、NEDO/MIRAIプロジェクト(ASET再委託研究)、
 および科学研究費補助金((c)18560027)によるものです。
図1 高分解能STEM(HD-2300)の外観写真
図2 SrTiO3の環状暗視野(ADF)像。Srが強い白点、Tiが弱
   い白点として観察されています。
(3) 空間分解能
図4はSi (110)の観察結果であり,ADF像のフーリエ変換図形より、Siアトミックダンベル (0.136 nm)に加え,0.11nm(422面間隔)も分解されていることがわかりました。
図3 β型窒化ケイ素(Si3N4)の、(左)明視野(BF)像と、(右)環状暗視野(ADF)像
図4 (110)方位シリコン(Si)の(左)明視野(BF)像と、(右)環状暗視野(ADF)像
図5 EELS,のゼロロスピークの半値幅(0.35eVを達成)
図6 ドリフト量の計測結果