結晶中の原子列を元素別に可視化

- 先端電子顕微鏡を用いて、原子列毎に元素分析することに成功しました -

先端電子顕微鏡グループ 木本浩司

平成19年10月29日 

先端電子顕微鏡グループでは、走査透過電子顕微鏡1)と電子エネルギー損失分光法2)を用いて、元素毎に結晶の原子列を可視化することに成功しました。この研究成果は英国科学雑誌 Nature (Vol.450, P702-704) に掲載されました。

1.物質材料を研究開発する上で、ナノメーター領域の構造解析の重要性は近年ますます高まっています。最先端の透過電子顕微鏡(TEM)を用いて結晶構造を直接観察することは可能でしたが、これまでの技術では原子コラム(列)毎に元素分析して識別することは困難でありました。

2.NIMS先端電子顕微鏡グループでは、透過電子顕微鏡法の研究を長年行ってきており、超高圧電子顕微鏡を用いた結晶構造の直接観察や、超高性能電子顕微鏡手法の開発を先導してきました。今回の研究成果はそれらを基礎とし、走査透過電子顕微鏡(STEM)と電子エネルギー損失分光法(EELS)により、元素コラム毎の分析を初めて可能にしたものであります。

  原子列毎に元素分析するためには、原子間距離以下まで収束した電子を試料に照射すると共に、電子の入射位置が一つの原子の上からずれない極めて高い安定性が必要であります。当グループでは、走査透過電子顕微鏡(図1)の安定度を向上させ外乱を防止するなどして、1分間に原子1個分程度のずれしか生じないようにしました。さらに、入射電子が試料中の原子列に沿って伝搬する条件で観察するとともに、できるだけ内殻の電子3)と散乱した透過電子を捕らえるようにしました。その結果、セラミックス(La,Sr)2Mn3O7中(図2)の酸素原子や、ランタンやマンガンなどの金属原子を原子コラム毎に可視化することに世界で初めて成功しました(図3)。

3.今回開発した手法は、結晶構造を元素毎に可視化できるので、材料物性や実用材料の性能に直接結びつく知見、特に異種材料の界面や局所的な材料の欠陥の解析に有効であります。なお、本研究成果の一部は、文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト(2002年度-2006年度)およびナノテクノロジー・ネットワーク(2007年度-)の一環として行われ、観察試料は十倉好紀教授(東京大学)より御提供いただきました。

図1 走査透過電子顕微鏡の外観図

機械的電気的な安定度を向上させるため、例えば防音用カバーを新たに設置するなど、さまざまな改良がなされています。道路からの振動の影響を低減するため、装置は耐震設計された「無振動特殊実験棟」に設置されています。

図2 観察した試料の構造

強相関電子系材料として最近注目されている、マンガン酸化物の一種です。層状ペロブスカイト型構造と呼ばれる構造を持っています。

図3 電子顕微鏡像と元素マッピング像

走査透過電子顕微鏡を用いた画像(環状暗視野像)では原子の位置が明るく観察されますが、元素の種類までは識別できません。本研究により、酸素や金属元素のマンガン、ランタンなどの原子列をそれぞれ直接識別できるようになりました。

新聞報道記事

用語解説

 1) 走査透過電子顕微鏡法

 電子を収束して試料に入射し、透過した電子を観察する顕微鏡手法。入射電子を試料上で2次元に走査しながら、透過した電子の強度を観察することで、2次元画像が観察できます。本研究で用いた入射電子の大きさは、約0.1ナノメーターで、水素原子の直径とほぼ同じです。

 2) 電子エネルギー損失分光法

 入射した電子が、試料との相互作用の結果失ったエネルギー損失から、観察試料の元素分析や化学結合状態を解析する手法です。特に、試料を構成する原子の内殻の電子と相互作用した電子は、元素固有のエネルギー損失量を持っているので、元素分析が可能であります。

 3) 内殻の電子

 原子は、原子核を中心として、それを取り囲む電子が幾つかの殻をつくっており、内側からK殻L殻などと呼ばれます。「内殻の電子」とは、より原子核に近い殻に属する電子を意味します。

 問い合わせ先
独立行政法人物質・材料研究機構
ナノ計測センター 先端電子顕微鏡グループ
主席研究員 木本 浩司
TEL:029-860-4402、FAX:029-860-4700
E−mail:kimoto.koji@nims.go.jp