ロマン探求 新しい鉄つくりに挑む

超鉄鋼研究センター 副センター長 津ア 兼彰


津崎副センター長鉄鋼研究25年の熱き想い

  私は22歳の時の卒業研究で鉄に魅せられてから数えて25年間、鉄鋼の研究に携わってきました。その間、「鉄鋼で研究することなんか未だあるんですか?」と度々聞かれました。「まだまだ重要課題があるんですよ!」と、その度に学生たちや異分野の研究者の方々に答えてきました。今もその熱い想いに変りはありません。そうでなければ超鉄鋼研究センターという職場で働いているわけがありません。
  その課題が社会的に重要で、かつ未知への挑戦課題であれば、これにロマンを感じないわけはないでしょう。私はロマンを「高い志が持つ夢」と定義するのですが、ここでは、鉄鋼研究は21世紀社会の死活問題であり、鉄つくりは多くの未知領域をもっていることをご紹介したいと思います。

鉄の重要性 将来も変らない

  科学技術館(東京・北の丸公園)の展示室「Iron world」のホームページ序文には、次のように書かれています。
  「鉄は、私たちの暮らしに欠かせない重要な素材です。しかし、あまりにも身近にありすぎて、鉄の本当のすばらしさは意外と知られていません。地球の総重量の約30%を占める鉄。そんな鉄と人類との出会いは6千年も昔であるといわれています。現代文明を築き支えてきた鉄鋼は、地球の環境を守る技術や、新しい鉄利用の開発で、未来を大きく拓こうとしています」
  本当にその通りだ、と鉄鋼研究に携わっている私は思うのですが、一般の常識ではないようです。その大切さを少し説明させてください。
  日本で1年間に作られるさまざまな材料の総重量は約2億トンです。このうちの約50%が鉄で一番多い。次が35%のコンクリート。現代社会は、大量の鉄で支えられていることがおわかりでしょう。基幹構造材料としての鉄の重要性は将来も変りません。
  ところで、鉄を作るには多大のエネルギーが必要です。また、現在の鉄つくり技術では、鉄1億トンをつくるのに1.7億トンものCO2 (二酸化炭素) を排出しているのです。なるべくエネルギーを消費しないまたCO2を排出しない、鉄つくり技術を生み出さないと、将来の持続的社会の実現は夢と化してしま います。まさに、死活問題です。

鉄の強さを2倍に

  エネルギー環境課題の解決策の一つは、使う鉄の量を減らすことです。例えば、鉄の強さを2倍にすれば、使う量を半分にすることが出来ます。現在もっとも多く使われている鉄鋼は、橋やビルに使われている溶接用の鉄鋼で引張り強さが400メガ(メガは100万)パスカルです。これを2倍の800メガパスカルにしようという研究プロジェクトを、私たちは行っています。実は、強さ800メガパスカルの鉄はすでに製造されているのですが、私たちのセンターでは全く別の新しい強い鉄つくりに挑戦しています。
  そもそも、混じりけのない鉄は、あまり強くありません。鉄を強くするための一般的な方法は混ぜ物をしてやる、つまり合金にすることです。例えば、鉄に炭素やクロム、モリブデンを加えて強さを増しています。現在製造されている強さ800メガパスカルの鉄も、この合金化を利用しています。
  しかし、合金を含む鉄は、溶接が難しく、橋やビルの構造部材には使えません。また値段も高い上に、リサイクルに多くのエネルギーを必要とします。これに対して、私たちが目指している新しい鉄は、合金化元素を含まない鉄です。混ぜ物が少ないので弱いという欠点は、鉄の結晶粒を細かくすることで克服します。鉄は、多くの結晶の集まりでできている多結晶体ですが、この結晶の粒の大きさを、現在の10マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルから1マイクロメートルに微細化することによって、強さを400メガパスカルから2倍の800メガパスカルにすることが出来ます。

もう一つの新しい鉄つくり

  もう一つの新しい鉄つくりは、不純物を含んでいても脆くない鉄つくりです。鉄にリンや錫、銅が混入すると脆くなるのですが、不純物を含んでいても脆くなく安全な鉄つくりに挑戦しています。脆さを克服するためには、不純物元素の分散状態の制御と超微細粒化を利用します。
  一般に鉄は、鉄鉱石を還元しては作りますが、スクラップ鉄も資源として使います。現在、日本で1年間にでるスクラップ鉄の量は3000万トンですが、30年後には内需の量(約5000万トン)と等しくなると予想されています。このスクラップ鉄は、酸素の還元をあまり必要としませんのでCO2発生が低減でき、是非とも利用したいのです。
   しかし、これまでは精錬によって不純物を除去してきたために、多くのエネルギーが必要でした。第2の新しい鉄は、不純物を除去せずむしろ有効利用することわけで、スクラップ鉄の再利用に必要なエネルギーを大幅に減らすことが出来ます。さらに、日本は構造物部材として多量の鉄を保有していますから、この技術が確立すれば、鉄鉱石資源のない日本を鉄資源が豊かな国に変えることが出来るのです。

困難だからこそ挑戦意欲沸く

  超微細粒鉄も不純物許容鉄も、そのモノつくりは容易ではありません。成功したときの社会的貢献度が大きいだけでなく、困難であるからこそ、挑戦意欲がわくのです。
  また、超微細粒鉄も不純物許容鉄も私たちが今まで手にしたことがない鉄です。その鉄の金属疲労や、脆性破壊はどうなる?また、腐食はどうなる?これらは未知の世界です。
  そして、これらを調べることによって、金属疲労や脆性破壊、腐食の本質に迫ることができると期待しています。本質を知ることによって、対症療法的な解決ではなく、抜本的解決が可能となるでしょう。「本質に迫る」、これは技術者・科学者の誰もが挑戦したい夢です。
  ご紹介した新しい鉄つくりは、現在、世界に先駆けて日本で盛んに研究されています。高温多湿、そして地震多発地帯である日本では、これまでも腐食と地震に強い、信頼性の高い鉄つくり技術を培ってきました。その技術に立脚した新しい鉄つくり技術は、経済成長めざましく近い将来に多量の鉄を使うであろう東アジア地区のエネルギー環境問題にも貢献すると信じて研究を続けています。

*この記事は、Science & Technology Journal(科学技術ジャーナル)平成15年9月号50-51頁に掲載されたもので、許可をいただき転載しております。


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