Abstract
低真空二次イオン質量分析法(Wet-SIMS)を使った固液界面の評価技術
2次イオン質量分析法(SIMS法)はその高感度・高空間分解能を活かし、半導体などの無機材料からポリマーや生体組織切片といった有機材料へ展開している。従来のイオンビームでは有機材料の化学的な情報を得ることができる2次分子イオンの収率が低く実用的ではなかった。クラスターや高速重イオンなどの新しい一次イオンビームの登場により2次分子イオンの収率を大きく向上し、二次イオン質量分析法 (SIMS) は近年急速に応用分野を拡大してきた。例えば、最近のSIMS国際会議では半数以上の発表が有機材料に関連したものであり、有機物のSIMS分析に関して基礎から応用まで幅広い研究が様々な分野で行われている。一方、2次電池や触媒などの固液界面のように従来の分析技術が不得意とする対象物の重要性が高まってきた。多くの分析手法が真空技術とともに発展してきたこともあり、揮発性分子や濡れた試料の測定は困難である。さらに、多くの液体は有機物やその混合物であるため、元素分析ではなく化学状態分析が必須であり、真空という制約を受けない新しい評価技術の期待が高まっている。
我々は、数MeV程度の高エネルギーイオンが低真空下においても飛程が長く試料への入射が可能であることに注目し、高速重イオンを1次イオンとして用いる新しいSIMS法(Wet-SIMS)の開発を進めてきた[1-4]。これまでに、高真空下では分析不可能な揮発性物質を含む液体試料の分子2次イオンの計測を、1000 Paという低真空下において成功している[3]。また、脳切片の質量イメージングも実現しており[4]、多様で複雑な生体高分子の評価にも有用であることを明らかにしている。しかし、感度・空間分解能の点で材料科学の研究に用いるためにはまだまだ不十分であり、大幅な性能向上が必要である。また、単にハードウェアーの改良や測定技術の開発だけでなく、それを使いこなすソフトウェアーにも革新的な進展が必要であり、コミュニティーを超えた連携による研究も必須である。
最新のSIMS法 の材料科学や生命科学への応用を、我々の研究成果を中心に実例を交えながら紹介する。さらに、低真空下でもSIMS測定を可能とする“Wet-SIMS”法の課題や動向について述べ、固液界面の評価技術のこれからの展望についても議論する。
[1] Y. Nakata, Y. Honda, S. Ninomiya, T. Seki, T. Aoki and J. Matsuo, J. of Mass Spectro., 44, pp128-136, (2009)
[2] H. Yamada, K. Ichiki, Y. Nakata, S. Ninomiya, T. Seki, T. Aoki and J. Matsuo, Nuc. Inst. and Meth. B268, pp. 1736-1740 (2010)
[3] J. Matsuo, S. Ninomiya, H. Yamada, K. Ichiki, Y. Wakamatsu, M. Hada, T. Seki and T. Aoki, Surf. and Inter. Anal., 42, pp. 1612-1615 (2010)
[4] T. Seki, Y. Wakamatsu, S. Nakagawa, T. Aoki, A. Ishihara and J. Matsuo, Nuc. Inst. and Meth. B332, pp 326–329 (2014)