Research - 一般の方々へ

未来の有機材料に向けた試み

有機合成品は、医薬品から洗剤(界面活性剤)、化学繊維まで、私たちの生活に密着する幅広い分野で活躍し、日本の化学産業の発展を支えてきました。この10年では、シリコンを代表とする無機系のエレクトロニクスの分野にまで、有機物の活躍が期待されるようになってきました。有機ELなどは、すでに無機ELを凌ぐ存在になっており、知らない間にお使いの方もいらっしゃるではないでしょうか。

有機物とは、炭素原子を含み、その他の構成要素は周期率表で第一周期からせいぜい第二周期くらいまでの典型元素からなるものを主に指します。素材としては、みなさんの皮膚や臓器を作るものとだいたい同じです。通常は電気を流さない物質(絶縁体)であることが知られています。ところが、ある工夫を加えることによって、電気が流れるようになるものがあります。一部の有機物では、室温で鉄や銅などの金属ほどの高い電気伝導性を有するものもあります。これらは基本的に、1950年代にアメリカの化学者でマリケン(1966年ノーベル化学賞)が提案した電荷移動錯体、1970年代に日本の白川先生らが提案した伝導性高分子(2000年ノーベル化学賞)における高分子へのドーピングのどちらかの基礎概念に基づいています。

有機合成の基本的な手法は、すでに前世紀までにだいたい確立されています。たとえ複雑な分子骨格を有する天然物由来の分子なども合成技術によって、人工的に再現できるまでに発展しています。さらに、機能性発現に重要な意味を持つ結晶中での分子配列は、分子の形の工夫や自己集積化の導入(分子が自分で勝手に組み上がる仕組み)などにより、人工的にかなりコントロールすることができます。つまり、現在の有機材料分野は、「望みとする分子をある程度自由自在に作る事が出来る」という恵まれた状況にあります。

現在の問題は、「どうやって作るか?ではなくて、何を作るのか?」その目標の方です。

何でも合成可能なステージにいるからこそ、電荷移動錯体や伝導性高分子のように、有機物の性質を大きく変える基礎物理概念の創出が物質開発において最も重要なテーマであると私たちは考えます。
有機物という限られた素材のみを使って、レアアースや高純度無機半導体のような高い物理特性を付与するための基礎概念の構築の可否が次の有機材料の活躍の場を大きく左右するはずです。

地球上に豊富に存在し、軽量、低毒性、安価、高加工性と産業的な利点の多い有機物によって、例えば日本では産出されない有用な鉱物の代わりのような役割ができれば、多くの面で私たちの生活にきっと良い効果をもたらすことでしょう。そのような最終的な遠いゴールを目指して、現在の研究を進めています。