Research

2014.August updated

新しいドープ法に基づく有機電子活性分子の物質科学
Materials Science for organic electroactive molecules on the basis of new doping strategy

通常は絶縁体である純有機物質に伝導性を付与するための分子設計は、電子活性物質を合成する上で重要な鍵を握ります。近年、私達はDNAなどの生体分子中によく見られる塩橋が作りだす高次元ネットワークを利用することにより、純有機物にキャリアを発生させる新しい方法を見出しました。ここでは、塩橋ネットワーク内にプロトン欠陥がある一定割合発生して安定化することをドーパントとして用います。ドーパントであるプロトン欠陥の損失電荷を補償するために、共存するドナー分子が溶液反応を経て酸化されるため、キャリアが発生するという新規のメカニズムです。 (J.Am.Chem.Soc.2009,131,9995.) この方法を用いれば、電解酸化や化学試薬のドープ剤を用いることがないため、溶液反応のみでキャリア発生を実現できて工業的にも有利です。また、ドーパントであるプロトン欠陥の含有量は結晶化溶媒によってコントロールできるため、電子材料のドープレベルを有機溶媒の選択のみで自在に変えることができます。(Syn.Met.2012, 162, 531.) さらに、塩橋内のプロトンはドーパントであるプロトン欠陥を伝わって可動です。驚くべきことに、室温、無加湿条件下でプロトンが拡散する能力があります。プロトンによってドーパントが動かされる極めて稀な電子系が達成されています。(J.Mater.Chem.A 2013,1,5089.)

可動プロトンによって伝導電子がコントロールできるか?

電力以外の外部刺激によって電子物性が制御できれば、省電力型の新しい電子デバイスを産む大きな可能性があります。私達は外部刺激としてのプロトンの存在に着目して、このドープ系分子群のプロトン移動が電子物性に及ぼす影響を調べています。その中で、TTFCOONH4やTTFCOONH3Phなどの半導体では、塩橋部位を同位体置換した場合(TTFCOOND4, TTFCOOND3Ph)、ドープレベルや伝導性、結晶構造にはほとんど差が見られないにも関わらず、いずれの系もプロトン体の熱起電力は常に大きく、およそ2倍にも上る大きな同位体効果を発現することを見出しました。(J.Mater.Chem.A 2013,1,5089. Eur.JIOC, 2014,in press) さらに、これらのプロトン拡散能は、プロトン体がやはりおよそ2倍大きい同位体効果を示しており、熱起電力の同位体効果と強く相関していることが分かりました。これは、ドーパントをより速く移動させることができれば更に熱起電力を向上した物質が設計できることを強く示唆しており、今後の有機熱電材料の設計指針を与える全く新しい知見となります。また、負性磁気抵抗効果についても、室温で同様の同位体効果が確認されています。(Solid State Commum.2013,165,27)このように、ドーパントの可動性をプロトンによって制御できれば、電子物性を自在にデザインすることも不可能ではないことが分かってきました。

また、用いるドナー分子の設計次第では、この方法論を適用して高伝導性有機分子を得る事が可能であることを近年明らかにしました。ドナー分子であるテトラチアペンタレンカルボン酸(TTPCOOH)(Tetrahedron Letters, 2012,53,3277)をアンモニム塩である[(TTPCOO)2NH4]へと誘導することにより室温で13 S/cmと高い伝導性を発現することが分かりました。(Chem.Commum. 2014,50,7111) この物質の磁化率の温度特性や固体NMRによる伝導電子の緩和挙動から、数Kの低温においても安定な金属状態を保っていることが分かっています。これは、電荷移動錯体や伝導性高分子に次ぐ第三番目の有機金属の合成法であり、ドーパント不要、電解酸化不要で、溶液プロセスのみで有機金属が得られる新しいタイプの高伝導有機材料研究の道を拓くきっかけとなりました。