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研究支援実績

 

利用実施例 -蛍光寿命測定-

蛍光寿命測定を利用したFRET(蛍光エネルギー移動)観察

三井造船株式会社 技術本部 伊藤 彰英氏、中田 成幸氏

はじめに

 三井造船というおよそナノ・バイオとは縁遠そうな会社の方が細胞をサンプルとしてタンパク質相互作用を測る装置を開発し、そのテストの一部をナノ融合ステーションでもやらせてほしい、というお話をいただいたときからこの会社の技術的な背景に興味があり、今回本社を訪問し、お話を伺うことができました。この装置開発のさまざまな背景をご説明いただき、蛍光寿命測定という新しい機能をタンパク質の相互作用解析というアプリケーションに結び付け、その良さをユーザに理解してもらう努力について伺うことができました。

宮城県の東北大震災被災者のかたから被災地支援を実施したテクノスーパーライナーに贈られた寄せ書きの前で、左 伊藤彰英氏 右 中田成幸氏
宮城県の東北大震災被災者のかたから被災地支援を実施したテクノスーパーライナーに
贈られた寄せ書きの前で、左 伊藤 彰英氏 右 中田 成幸氏

研究の背景

三井造船について
 

 三井造船はもちろん造船会社で、1917年三井物産株式会社造船部として船舶と舶用ディーゼルエンジンの製造から創業しています。現在は、船舶から橋梁、プラント、物流運搬機械、ディーゼルエンジンなどの動力機械など、伝統的な重機械を中心に幅広い分野の製品を持つ会社となっています。主な事業所は千葉県市原市、岡山県玉野市、大分県大分市の3か所です。つくっている船舶の種類は幅広く、商船から護衛艦まで製造しています。高速船テクノスーパーライナーの製造も担当しておりまして、今回の大震災では宮城県に回航し、船内の設備を生かして被災者へ食事とシャワー入浴を提供できた事は、社員にとっても仕事のやりがいとなっています。これらの造船業からスタートした会社ですが、造船、エンジン関連の技術を生かして種々の事業多角化を行ってきました。船舶用ディーゼルエンジンの製造は国内シェアトップの事業となっています。また、近年主力の売り上げのひとつは港湾施設用機械、特にトランステーナとよばれるコンテナ用クレーンの製造です。船の多くは鉄などの金属でつくりますからこれらを扱う技術もあり、鉄を使った本四架橋の事業にも参加しました。さらに船の内部構造には多数のパイプが複雑に組み合わさっているので、パイプ配管の設計・製造は得意分野のひとつで、この技術を生かしたプラントの設計・製造も行っています。最近ではエネルギー関連の事業展開も行っており、天然ガスハイドレート(天然ガスを固体の形にしたもの、輸送、取扱いのコストが下がる)事業、バイオエタノール事業なども手掛けています。このように幅広い事業、研究開発の経験から、社内には多様な技術と技術者が蓄積されてきたのが特徴です。

 これまで、これらの多様な技術を活用して、新しい分野のお客様向けに製品、事業を提供していく活動も行ってきておりまして、液晶・半導体製造装置の事業が立ち上がってきております。今回、ご協力をお願いした蛍光寿命計測によるFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)測定フローサイトメーターは、バイオ・ライフサイエンスのお客様に提供できるものはないかとの活動の中から生まれた製品です。この製品のベースとなった技術は、橋梁など社会インフラの保守点検の分野で研究開発を進めてきたもので、道路やコンクリート中の空洞を電磁波を使い映像化する装置(マルチパスアレイレーダー)の技術が応用されています。

蛍光寿命計測フローサイトメーター(*注1)について
 

 マルチパスアレイレーダーは、対象に電磁波を送信し、例えばコンクリート中の空洞により反射した波が戻ってくるまでの時間を精度よく計測し、それらをマルチパスで行い、ソフトウェアで再構成することにより空洞のイメージングを行う装置です。これらの技術をうまく使えば、バイオの世界で多用されている蛍光計測に蛍光寿命という新しい次元の情報を効率的に追加できるというのが最初の発想でした。

 これらのコンセプトと基礎的な実験結果を持ち、バイオの様々な先生にお話を伺う内、蛍光寿命計測がフローサイトメーター型で高速に計測できると面白い、蛍光寿命計測はFRET検出に都合がよいことがわかってきました。特に蛍光タンパク質の技術が発展し、FRET系を生細胞中で構築できる研究が進んでいたこともあり、生細胞中のFRET検出に都合のよいフローサイトメーターというコンセプトになりました。この間、蛍光寿命を取得する手法として時間領域と周波数領域の技術を試行錯誤しながら、従来のフローサイトメーターと同程度のスピードで蛍光強度と蛍光寿命が実際に取得できることがわかってきました。(蛍光ならびにFRETについて 参照)

 例えば、がんなどの病気の発生原因や新しく開発する薬が効果を発揮するかどうか調べるためには、生きた細胞内での創薬関連など重要な働きをするタンパク質の相互作用を知ることが鍵となります。そこで細胞の中でFRETを検出しなければならないのですが、これまで細胞内でのFRETの検出には蛍光強度変化を検出パラメータとしている場合が多く、生きた細胞の中では、蛍光強度はドナーとアクセプターの存在比率の影響を受けてしまい、正確にFRETを検出することが困難でした。ところが蛍光寿命というのはエネルギー移動の直接的検出パラメータですから、FRETの検出において最も正確なパラメータが測定できるわけです。

 蛍光寿命を計測するためには高速で強弱をつけられる半導体レーザーを使う必要があるのですが、当時は半導体レーザーで出力できる波長に限りがあり、テストに使える標準蛍光物質の選定に苦労するなどしました。私どもにとって新しい分野の装置開発でしたので、蛍光寿命が計測できるフローサイトメーターとしての機能とスペックが確定してからも、それらがFRETの解析に有効であることやさらには薬剤の応答カーブが精度よくとれることの実証データの蓄積をどのように進めればよいのかわからず大変でした。大学や公的研究機関の先生に指導を仰ぎ、試作機を使ってもらいながら、評価を進めました。

 そのような中、物質材料研究機構のソフトマテリアルラインにそのような支援をお願いできるしくみがあることを知り、私どもの欠けている知識を指導いただきながら実証データを蓄積したいと考えました。そして、この装置を用いたアプリケーション実証の検討をしている際にナノネットに申請し当社にはない細胞培養のノウハウと設備を利用させてもらい、蛍光寿命計測が生細胞中でのFRET検出に適しているか検討したわけです。

 いろいろと苦労はありましたが、ついにこの装置、「Flicyme-300」を完成することができました。この装置は従来のフローサイトメーターではできなかった蛍光が消えるまでの時間(蛍光寿命)を当社の高速信号処理技術を応用しリアルタイムで計測できる世界初の装置です。


今回の成果

 今回ナノネットでは、共同研究先の筑波大学でつくられた種々の蛍光プローブタンパク質を発現する培養細胞を作製し、蛍光プローブ形質転換細胞の蛍光寿命計測を実施しました。蛍光プローブタンパク質には創薬ターゲットとなるようなタンパク質を選び、複数種類作製しました。タンパク質間の相互作用があればFRETが起こり、相互作用がなければFRETが起こらない、といった性質を持つプローブです(図1)。

図1. 分子間FRETの概念図
図1. 分子間FRETの概念図

 AとBが細胞内で相互作用するタンパク質であるとき、それぞれのタンパク質と赤色蛍光蛋白質、緑色蛍光蛋白質の融合タンパク質を作成する。AとBが相互作用していない場合は緑色蛍光蛋白質と赤色蛍光蛋白質の間でFRETが起こらず、青色の励起光に対して緑色蛍光蛋白質由来の緑色蛍光のみが観察される(図の上部)。AとBが相互作用すると緑色蛍光蛋白質と赤色蛍光蛋白質の間でFRETが起き、同じ青色の励起光に対して赤色蛍光蛋白質の赤色の蛍光も観察されるようになる(図の下部)。これらの蛍光の寿命を計測するとFRETが起こっている場合には緑色蛍光蛋白質由来の蛍光の寿命が短くなることが観察できる。(参考文献2参照

 これらのプローブタンパク質遺伝子を培養細胞に導入し、培養細胞内で創薬関連タンパク質の相互作用を蛍光情報により検出できるようにしました。蛍光プローブ形質転換細胞の蛍光寿命計測をこれらの細胞を用いて実施し、タンパク質の相互作用が細胞中で起こっているか確認できるか検討しました。蛍光寿命測定には当社が開発した蛍光寿命フローサイトメトリー装置、Flicyme-300を使用しました(図2)。

図2. Flicyme-300
図2. Flicyme-300

 最初に同一分子内に2種の蛍光タンパク質をもつ、FRETのポジティブコントロールをもちいて蛍光寿命減少が充分に観察されることを確認しました(図3)。

図3. 分子内FRETの計測
図3. 分子内FRETの計測

 ついで種々のタンパク質の組み合わせを用いて分子間でのFRETが観察できるか計測を試みました。これらのサンプルでは細胞の培養条件や測定前の処理条件、測定パラメーターの変更など、さまざまな検討により、蛍光プローブ形質転換細胞中のFRETを、蛍光寿命を用いて安定して観察するための計測条件を検討しました。また、これらの検討を通じ、細胞中での蛍光プローブの振る舞いや細胞の生育条件による影響など様々な知見を得ることができました。(図4)

図4. 分子間FRETの計測
図4. 分子間FRETの計測

 以上、ポジティブコントロールの計測結果から細胞内で蛍光寿命によりFRETを評価することは複数のサイトで充分安定して可能である事が確認されましたので装置については十分な手ごたえを得ることができ、また、測定についても種々の知見を得ることができました。しかしながら、分子間での計測結果では蛍光プローブの作出について、蛍光タンパク質の組み換え位置、発現条件など、さらなる検討を加える必要があることがわかりました。

 計測装置を製品として出していくにはやはり複数のサイトで異なる人たちによって使ってもらい評価することが大変重要だと今回のことからも確認でき、さらに、今回はアプリケーションの開発に関する知見も得られたので、一定の成果を得ることができたと考えています。


その後の経過と今後の目標

 生細胞内のFRET評価が有効なことが検証されてきましたので、それらを薬剤候補物質のスクリーニングや薬効診断のシステムとして提案していくための開発試験を大学等研究機関と共同で進めています。


おわりに

 これまでの種々の活動を通じて、ナノバイオやライフサイエンス分野のお客様と接する機会を得、細胞という生ものの計測、分析の難しさ、奥深さの一端に触れることができたと感じています。同時にこの分野での計測や分析技術の革新に対する期待も感じさせていただきました。この装置を多くの方に使っていただけるように開発を継続しながら、弊社の持つ技術を活用して、さらなる期待に答えられる計測装置の開発を目指したいと考えています。


参考文献

1.

星島一輝ほか、2種類のタンパク質相互作用を同時に計測するフローサイトメトリー装置の開発、三井造船技報、196(2009)、p38.

2. 中田成幸ほか、蛍光寿命FRETフローサイトメトリー装置の開発、三井造船技報、190(2007)、p55.
3. 中田成幸ほか、蛍光ダイナミクス情報を利用したフローサイトメトリーによるFRET検出、計測自動制御学会産業論文集、6(2007)、p23.

注1 フローサイトメーターとは

サイトメーターのサイトはCytoと書き、細胞のことです。サイトメーターというのは細胞を数える道具のことです。

フローはFlowで「流れ」です。フローサイトメーターというのは細胞をひとつひとつばらばらにして液体に懸濁し、この懸濁液を細いチューブの中を流して、決まった点を通過していく細胞の数を数える装置です。


参考

蛍光ならびにFRETについて



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