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研究支援実績

 

利用実施例 -食品の微細構造の観察-

食品の微細構造の観察~大豆由来水溶性多糖類の乳化作用に関して~

不二製油株式会社 フードサイエンス研究所  中村 彰宏 室長

はじめに

 不二製油株式会社は知る人ぞ知る食品メーカーで、その高い技術力は経営コンサルタントが会社独自の技術を中心に据えたビジネスモデルを実施している例としてレクチャーで取り上げるほどです。今回、不二製油株式会社フードサイエンス研究所の中村室長がナノ融合ステーションのバイオイメージングラボを使ってヨーグルトの微細構造を観察することに成功されましたので、そのお話の背景を含め、日本のお菓子のおいしさの一翼を支えている技術力の秘密を少しでも知りたいと、茨城県つくばみらい市の同研究所を訪ねました。最初に廣塚元彦研究所長から会社の歴史、技術の背景をうかがい、つづいて研究所内を見学させてもらう機会にも恵まれました。

中村室長
中村室長

研究の背景

不二製油について
 

 不二製油株式会社のお客様はお菓子、パン、飲料などの食品メーカーが中心です。現在では柱となる商品は製菓材料、とりわけチョコレートとホイップクリームですが、もともとの商品はその名の示す通り油脂です。歴史的なルーツは蚕糸の製造プロセスで副生する蚕蛹から油脂を絞る会社に始まります。1950年に不二製油株式会社として、当時配給制だった食用油原料(大豆)の配給を十分に受けられない中、南方の原材料、ヤシ、パームに目をつけ油脂専業メーカーとして事業を始めました。そしてこれらの油脂を絞るのみならず、融点ごとに分別精製した油脂を得て食品材料として提供するなど、製品としての価値を高め、市場を切り開いていきました。その後、自由化に伴い大豆製品を生産するようになってもそれまでにない高い価値を商品に付加する努力はつづきました。その結果、新しい性質をもつ製品を開発し、その性質を利用したお客様にとっての新たな商品を提案していく、という提案型の営業も実施しています。また、お客様からの要望により、ピンポイントの性質を持つ製品、スティック状のビスケットを一度ディップするとちょうど良い厚さにコーティングし、なおかつ流れ落ちることもないチョコレート、をお客様とご一緒に開発したこともあります。また、冷凍耐性のホイップクリームを完成させたことでケーキを冷凍で保存、販売することが広まったということもあります。

 これらの開発を総合的にすすめるために不二製油には基礎部分を支えるフードサイエンス研究所をつくばに持ち、さらにその成果である基礎技術や素材を生かした製品を開発する製品開発研究もつくば、大阪で行われています。また、不二製油を特徴付ける応用研究部門としてサニープラザというお客様と一緒にお菓子などの最終製品の試作あるいは製品の紹介を行う部門があります。このような開発体制で、たとえばお菓子のトレンドにアンテナをはり、ティラミスのような日本では馴染みのなかったお菓子を大手のお客様に製造材料とともに提案するというようなこともしてきました。

 フードサイエンス研究所は研究対象別に油脂、蛋白質、糖質、栄養学の4つの部門からなっています。栄養学以外の3部門は油脂原料、たとえば大豆の主要構成成分です。このフードサイエンス研究所には電子顕微鏡をはじめ質量分析装置、種々のクロマトグラフ、味覚センサーなど最先端の分析装置を備え、食品素材の物性・活性の基礎的な研究を進めています。皆、製品のことはもちろんですが、学問的な興味も持って研究に取り組んでいるので当然、成果の発表も積極的に行っています。

  多様な製品
多様な製品
大豆の利用について
 

 さて、さきほどの大豆の主要構成成分ですが、20%は油脂、40%はタンパク質、さらに残りの大部分を占めるのが未消化多糖類です。これらをとった残りがホエーとわれわれが呼ぶオリゴ糖などの糖類とミネラルの多い部分です。このホエーについてはまだ採算の取れる利用法を見つけられないのですが、生理機能に富む少糖類が含まれていることからそのあたりで何かできないか期待しています。大豆からとれるもので油脂についで商品化を図ったのはタンパク質です。ハムなどの製品のテクスチャー(口あたり)を改善する原料として製品化していますが、さらに部分分解したペプチドも大豆由来のものは苦味が少ない、ということで製品になっています。次に大豆多糖類ですが食品の乳化剤や分散安定剤として利用しています。乳化剤というのは水の中に油を分散させる働きをするもので例えばマヨネーズで酢と油を混ぜる際に卵黄をいれますが、あれは卵黄の中のレシチンというものが乳化剤の働きをして酢と油が分離しないようにしているのです。食品を製造する際に使われる代表的な高分子の乳化剤がアラビアガム或いは加工澱粉でした。これらの乳化剤には油になじむ部分(疎水部分)と水になじむ部分(親水部分)がひとつの分子の中にあり、それで油と水の仲立ちをしています。さて、大豆多糖類は柑橘系の香りなどのフレーバーオイルの乳化剤として乳化香料や粉末香料に使われていますし、ドリンクヨーグルトに代表される乳酸飲料にも使われています。それまでの水溶性の乳化剤であるペクチンではだせなかった飲み口が、この大豆由来の水溶性多糖類を使うことでだせるようになり、さわやかな乳酸飲料が濃縮タイプのみならずペットボトルでそのまま飲む飲料として完成した、ということです。

大豆多糖類について
 

 さてその大豆多糖類は食品素材である分離大豆タンパク質を製造する過程で副生するオカラを原料に抽出・分離・精製されます。腸内細菌により容易に分解され利用されることから食物繊維としての機能を持ちます。また、分子量が50万を越える高分子にも関わらず、溶液の粘度が非常に低くさらさらしており、増粘・ゲル化する性質がないので、様々な食品の分散安定剤(乳化剤)として利用されています。特に、ここ数年整腸作用に加え、免疫調整機能を持つプロバイオ食品として注目されているヨーグルト及びこれを飲料に仕立てたドリンクヨーグルトでは、先ほどふれたようにこの水溶性多糖類が分散安定剤として使われています。ヨーグルト類は乳酸発酵により、pHが酸性であることが多く、主成分であるタンパク質が固まってしまい沈殿を起こしやすいので、分散安定剤を用いることが重要ですが、飲み口がさわやかなまま保持され、べったりとしないという特徴からこの水溶性多糖類が利用されています。また、果汁飲料、果汁を配合したリキュール類は、レモンオイルなどの香料油を水系である焼酎の中に均一に分散する目的で、高分子の乳化安定剤が利用される場合が多くなっています。私どもの開発した大豆多糖類は、これらタンパク質の分散安定化機能及び乳化機能を持ち合わせた多糖類として、食品業界で現在広く利用されています。今回、ナノネットを通じて利用したナノ融合ステーションではこの水溶性多糖類が水・油の界面でどのように配向しているかその構造を観察した、というわけです。


今回の成果

 大豆多糖類が持つ乳化特性及び乳化機構に関しては、光の散乱を用いた物理化学的解析により、その乳化構造が図1の様に推定されていましたが、乳化状態を正確に観察した観察像は報告されていませんでした。

図1: 大豆多糖類乳化物の推定モデル
図1: 大豆多糖類乳化物の推定モデル

 ナノ融合ステーションにある共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡(共焦点顕微鏡について:参照)ならば大豆多糖類が持つ乳化機能を構造面から直接観察が可能ではないかと考え、蛍光顕微鏡観察を実施しました。

 大豆多糖類と蛍光物質(アミノフルオロセイン:励起488nm、蛍光510-525nm)を反応させ、蛍光標識しました(FA-SSPS)。脂質として大豆油を用い、以下の表 1の配合にて油/水(O/W)乳化物を得ました。

表1:乳化物の組成
表1:乳化物の組成

得た乳化物の粒子サイズは、レーザー回折式粒度分布計で測定したところ、およそ0.6μm前後でしたが、1μm以下に粒子系をそろえるために、乳化物を0.8μmの穴をもつフィルター(セルロースアセテート膜)で濾過し、濾液を回収しました。乳化物10μLをスライドガラスに滴下し、カバーガラスをかけてナノ融合ステーションの共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡(TSC SP5)にて観察しました。

 その結果、油滴は、リング状に観察され、蛍光標識された大豆多糖類が油滴表面を覆うように分布していることが明らかに観察できました (図2)。

図2:蛍光標識した大豆多糖類が油滴表面を覆っている
図2:蛍光標識した大豆多糖類が油滴表面を覆っている

 また、図3は乳化粒子をZ軸方向に断層するイメージで観察した像です。

図3: エマルジョンの断層像

 これまで動的光散乱を用いて測定した乳化物の粒子直径(文献1)、並びに、多糖類で形成していると推定されてきた界面情報(文献2)と比較した結果、大豆多糖類は油滴粒子の表面に単分子として均一に配向し、厚い親水性の保護相を形成することで乳化物を分散安定化していることが初めて明らかになりました。


その後の経過と今後の目標

 アラビアガムをはじめ高分子乳化剤がどのような形で油滴表面に配向し、乳化状態を維持しているのか、直接顕微鏡を用いて解析した報告はありませんでした。今回初めて大豆多糖類を蛍光標識することで、乳化物界面に配向している状態を観察する事ができ、大きな成果だと考えています。今後の検討課題としては大豆多糖類の疎水面(水よりも油になじむ面)をつくっているとおもわれるタンパク質も蛍光物質で標識し、その蛍光標識の最適化を行い、共焦点レーザー顕微鏡により2種類の蛍光の同時観察を行ってみたいと考えています。今回、大豆多糖類の糖の部分(親水面)に蛍光標識を入れての観察で、これだけきれいに見えたので、疎水面も蛍光で同時に観察できればよりはっきりと大豆多糖類がどのように乳化作用を生み出しているのかが推定でき、今後の製品の開発に生かせると考えています。


おわりに~今後の夢

 今後は現在扱っている大豆多糖類などの多糖類について、より多くの機能を持つものを開発していきたいと考えています。現状でも種々の機能を持つ多糖類があり、まずはそれぞれの機能をよく知る必要がありますが、その上でさらにそれぞれの構造を調べます。特に今回行った観察のように、機能している状態での構造を調べることで機能をもたらしている構造が何であるのか推定して行きたいと考えています。そして付加したい機能はどんな構造が加われば生み出せるかを考え、そのたらない能力を例えば多糖類の構造をかえることで付加できるかもしれませんし、他の多糖類を加え、混ぜ合わせることで付加できるかもしれません。

 また、大豆多糖類の原料である大豆には様々な糖類やイソフラボンなどの配糖体が含まれています。大豆多糖類のような食品の物性機能素材の研究を進める一方ではこれら少糖類に生理機能を見つけ、製品にしていきたい、と考えています。

 以上のような様々な物性を持った多糖類と生理機能をもった希少糖類の両方を素材として提供できれば、口当たりよく、おいしく、なおかつ体にも大変良い、といった素晴らしい食品がたくさん世の中で食べられるようになるはずです。そのために最先端の科学を駆使して研究・開発を進めていきたいと考えています。


参考文献

1.

Nakamura, A., Takahashi, T., Yoshida, R., Maeda, H., and Corredig, M., Emulsifying properties of soybean soluble polysaccharide. Food Hydrocolloids, 2004, 18, 795-803.

2. Nakamura, A., Yoshida, R., Maeda, H., Furuta, H., and Corredig, M. A study of the role of the carbohydrate and protein moieties of soy soluble polysaccharides in their emulsifying properties. J. Agricultural and Food Chemistry. 2004, 52, 5506-5512.

参照

共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡について


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