「ドイツの鉄鋼研究の現状と商品化プロセスに関する調査」

超鉄鋼研究センター冶金グループ   井上忠信 

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【目的】

鉄鋼研究の先進国であるドイツにおける研究状況と、研究機関で開発された材料や技術が どのように部品化・商品化されているかを調査の目的として,5つの研究機関を訪問した。

【訪問先】

  1. マックスプランク鉄鋼研究所 Max-Planck-Institut for Iron Research(MPIE)

  2. ドイツ鉄鋼協会 German Iron and Steel Institute(VDEh)

  3. ドイツ鉄鋼協会鉄鋼研究所 Betriebsforschungsinstitut(BFI)

  4. アーヘン工科大学塑性加工研究所 Institute for Metal Forming(IBF in RWTH)

  5. アーヘン工科大学鉄鋼冶金研究所  Institute for Ferous Metallurgy
    (IEHK in RWTH)

上記の1-3研究機関はデュッセルドルフに,4−5はアーヘンに位置しており                                           車(アウトバーン利用)で約1,2時間ほどである。以下に、各研究所訪問で得られたポイントを整理する。

1.マックスプランク鉄鋼研究所 Max-Planck-Institut for Iron Research(MPIE)

5グループに分けられ、研究者80名、技術者35名、管理部門などを含めて総勢170名のスタッフで構成されている。

  • Microstructure controlとMechanical Propertiesは一緒に研究を進めるべきと主張。特に成形性の観点から見たMicrostructure controlが重要という説明。

  • 研究は基礎研究を主体としている。大型サンプルなどの試作はドイツ鉄鋼協会のBFIで行う。

  • 基礎研究主体という事で,環境負荷低減だけを目的にした研究スタイルにはなっていない。

  • 実際の研究のマンパワーは、ポスドクやドクター候補生である。プロジェクトに応じてグループリーダーがポスドクを雇うシステム。

2.ドイツ鉄鋼協会 German Iron and Steel Institute(VDEh)

3.ドイツ鉄鋼協会鉄鋼研究所 Betriebsforschungsinstitut(BFI)

 BFIは、135名のスタッフで構成されており、70人以上が研究者・技術者である。研究は、今後の鉄製造プロセスに適応できる低環境負荷プロセス、CSPプロセスに代表される次世代高効率鉄製造プロセス、リサイクル鉄利用などである。
パイロットプラントを中心とした研究スタイルであり、研究資金の多くは 鉄鋼メーカーから直接BFIへ。高炉プロセス、電炉プロセスの何れにおいても上工程(溶解/凝固工程)における流れのシミュレーションが盛んであり、常に数値解析結果を実験と比較している。

  • 生産設備を念頭にした研究スタイル。基礎はマックスプランク鉄鋼研究所に任せindustrial plant engineeringはBFIが担当。

  • 環境問題では、CO2が特に重要であり、排出量削減に向けた研究に重点が置かれている。

  • 人材育成・環境問題にもかなりの重点を置いている。また、人材育成前に優秀な学生が鉄鋼材料研究に来ないことについてヨーロッパ全体が危機に感じており、鉄鋼キャン ペーン(*1)はその現れである。

4.アーヘン工科大学塑性加工研究所 Institute for Metal Forming(IBF in RWTH)

38名の研究者(3名が外国人),25人のアーヘン工科大学の学生,20名の技術スタッフによって構成されている。6つのグループに分けられており, 各グループリーダー以下4,5名のスタッフで構成されている。

  • 全てのグループにおいて,数値解析をフル活用し,さらには検証のためプラスチシンや蝋(ロウ)の加工に対応した小型シミュレータを開発し,新しい発想の具現化に対して高レベルの環境を整えている。

  • 組織創製も研究しているが,主要な任務は部品化製造プロセスの単純化を目指した、自動車用部品の成形技術確立と言える。

  • 通常の圧延は、フラットな板を創製し、その後裁断、部品成形するプロセスとなる。彼らは、最終製品がわかっているのであれば、その部品を最短プロセスで作る手法を考えており、圧延の段階から部品成形を念頭にした加工プロセスを行っている。

  • 所有する装置や人材育成方針,さらにはこれまでの成形技術の歴史からすると,いつでも新材料創製のための塑性加工技術への研究は可能と思える。

5.アーヘン工科大学鉄鋼冶金研究所 Institute for Ferrous Metallurgy
 (IEHK in RWTH)

  • ここ最近のドイツの研究の多くは、Short term(3年間)主体である。Long termの研究を行いたいが予算獲得のためにはShort termの研究にならざるを得ない。新しいプロセスなどの研究に着手できない悩みがある。

  • IEHKでは主に有限要素解析コードとしてABAQUSを利用している。欧州における標準的なコードであり、共同研究などの際にデータの共有ができると説明された。

  • アーヘン工科大学には複数の研究所が存在しており、研究所間で常に意見交換をしている。 IEHKは鉄鋼材料の上工程プロセス中心、IBFは金属材料の成形プロセス
    である。ただ、互いの研究所に同じような研究をしているグループもある。

  • シミュレーションの役割は,プロセスの最適化や実験で取得できないパラメータの変化の把握である。彼らが使用する数値解析コードは、サーバーも含めて前日に訪問した
    IBFと共有しており,アーヘン工科大学での研究所と言う利点を活かしている。

【所 感】

5つの研究機関を回って明白になった、感じた点を以下にまとめる。

  • ドイツの大学や研究機関が、常に新しい発想と技術を取り込んで、鉄鋼技術のさらなる競争力強化のために注力している様子には目を見張るものがある。

  • 予算獲得に必死の様子が伺える。政府は3年研究(Short term)を推進しているが、研究所は最低でも5年研究(Long term)を望んでいる。新しい発想を活かすには、提案、装置開発、実証をするためには5年以上必要であるという意見は全ての研究所が
    言っ ていたことである。しかし、そのような環境でもユニークな手法に取り組んでいる姿は見習う点がある。

  • シミュレーションの役割は、基礎研究だけでなく、生産設備に関わる研究においても非常に重要であるという認識。特に、幹部が積極的に数値解析を重要視していると感じた。Directorが行う研究所の紹介には必ずユニークな装置とシミュレーションの結果を示していた。

  • 各研究所で共通していたが、グループリーダーはかなり若い(30代後半)。研究そのものはポスドクや博士候補生が担当し、グループリーダーは予算獲得や研究動向を調査している。

  • エンドユーザーとの密接な関係が必要と感じた。ただし、密接過ぎると基礎研究が置き去りにされる。近視眼的な研究に陥りやすい。

  • 予算さえ気にしなければ、ユニークなアイデアを具現化できる環境は日本よりも整備                                       されている。圧延技術のほとんどがドイツ生まれであることが、今回の訪問で理解できた。

 *1鉄鋼キャンペーン:欧州の主要11カ国が参加している鉄鋼のイメージキャンペーン活動。各国が資金を分担し(総額44000ユーロ/年)、宣伝カーを走らせ、ビデオやパンフレットなどを学生に無料配布している。

★訪問の内容については下記URL参照
http://www.nims.go.jp/inoino