「スクラップ原料で35mm厚の超微細粒鋼板の試作に世界で初めて成功」

超鉄鋼研究センター 冶金グループ 井上忠信

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1.概要

 「リサイクル鉄の超鉄鋼化プロジェクト」を推進している超鉄鋼研究センター冶金グループは、数値解析技術を積極的に活用し、実機製造設備を用いて、従来の約1/10の直径1マイクロメートル以下の超微細結晶粒組織からなり、従来の2倍以上の降伏強さを持つ板厚35mm、重量約90kgの厚板の製造に世界で初めて成功した。

 同グループでは、これまでに微小試験片を用いた基礎実験により結晶粒超微細化の原理を解明し、2001年9月に板厚18mm、重量約20kgの鋼板の製造に成功した。今回は、一層の大型化を目指すために、まず精度の高い数値解析シミュレーションで大型化方案を検討し、その方案を精緻な加工技術で実現することにより、板厚35mm、重量約90 kg規模での結晶粒微細化を達成した。加工は株式会社日本製鋼所室蘭製作所に委託し、同社の実機製造設備によって行われた。なお、今回は不純物を含むスクラップを原料とした連続鋳造材(王子製鉄株式会社製)を用いており、開発した微細粒化プロセスの応用展開性の高さも実証した。

 今回の試作材は、当機構の研究プロジェクト*「安全で安心な社会・都市新基盤実現のための超鉄鋼研究」と関連して実施される府省連携プロジェクト「新橋梁構造体に関する研究開発」の要望に応じて、今後供給する予定である。

2.研究背景

 物質・材料研究機構では、2002年度から強度2倍・寿命2倍の超鉄鋼材料の実現を目指す「安全で安心な社会・都市新基盤実現のための超鉄鋼研究」及び2000年度からスクラップ鉄からの材料開発を目指した「リサイクル鉄からの超鉄鋼化プロジェクト」を実施している。今回のスクラップを原料とした超微細粒厚板の試作はその一環として行われたものである。

 同センター冶金グループでは、まず微小試験片を用いた基礎実験を通して鉄鋼材料内部で起きる現象を解明することにより、結晶粒超微細化のための基礎原理を明らかにした。その知見から実機製造設備を用い、断面が18mm角、重量約50kgの棒鋼と板厚18mm、重量約20 kgの板材の製造を実現していた。しかし、造船、土木、建築などの分野では、今後の資源循環型社会に適した省資源かつリサイクル性に優れた25mm以上の大型高強度厚鋼板が望まれていた。

3.今回の成果

 今回の新しいプロセスは、数値解析シミュレーションを積極的に利用することで考案された。幾つかのアイデアを数値解析で検討し、装置への負荷、組織の予測、鋼板形状という視点で超微細粒厚板を創製できる製造プロセス方案を考案した。しかし、新プロセス方案を実証するためには大型プレス機とともに精緻な加工技術を必要とする。そこで、株式会社日本製鋼所室蘭製作所に委託し、同社において実生産設備である大型プレス機を用い、数値解析で要求された新プロセスを精度よく実現することにより、板表面から中心部まで1ミクロン以下の超微細粒組織を持つ鋼板創製に成功した。技術的には、板厚50mmも可能であり、数値解析シミュレーションの積極的利用と精度の高い加工技術のマッチングが、厚板の超微細粒組織鋼板創製を世界で初めて実現させたといえる。

4.スクラップ原料

 今回の試作材はあえてスクラップを原料とした。スクラップ鉄のリサイクルは、我が国だけでなく世界においても今後の資源循環型社会形成や環境負荷低減において極めて重要とされている。考案した微細粒化プロセスは、スクラップ鉄からでも製造可能なことを民間の実機製造設備で実証した。

 現在、我が国では、大量の鉄スクラップが蓄積され、30年後には、スクラップ量が内需を上回る試算予測もある。さらに、スクラップを破棄する国土も不足していることからも、世界的にみても、粗鋼生産量におけるスクラップ原料の占める割合は年々増加しているとともに、スクラップを原料とした更なる材料開発は必須といえる。スクラップ鉄を原料にすることで、鉄鉱石を原料とする場合に比べ、原料費を安価にでき、かつ製造時における消費エネルギー、二酸化炭素排出量、そして設備コストを低減することが期待できる。

 省資源かつリサイクル性に優れた高強度鉄鋼材料の実現を目的としている微細粒鋼の研究は、日本を始め、韓国、中国、EUで活発に行われている。その中で、常に先駆的な役割を果たしている日本にとって、スクラップ鉄を原料とした超微細粒鋼の製造は、これまでの目的に“スクラップ鉄を原料にする”ことをプラスした微細粒研究の新しい方向性を世界に発信したといえる。

5.今後の展開

 超鉄鋼材料の様々な分野への利用実現に向けて、更なる大型の超微細粒厚板創製を行う。また、今回の試作材の成功により、2004年度から開始されている文部科学省と国土交通省による府省連携プロジェクトに、超微細粒鋼板を供給できる体制が整った。今後、超鉄鋼材料の造船、土木、建築などの分野への適用を見定めるため、同プロジェクトの要望に応じて、超微細粒鋼板を供給する予定である。

本成果は、既に日刊工業新聞、化学工業日報で発表されました。

* 研究プロジェクト

●「安全で安心な社会・都市新基盤実現のための超鉄鋼研究プロジェクト」

「新世紀構造材料(超鉄鋼材料)プロジェクト」の第?期に当たり、2002年度から開始された。第?期で得られた超鉄鋼に関する基礎基盤技術を応用展開させ、超鉄鋼材料の大型化、構造体化技術の開発、さらに設計・構造関係者との連携を深め超鉄鋼材料を利用した革新的構造物の提案を行っている。

●「新世紀構造材料(超鉄鋼材料)プロジェクト」

希少合金元素を使わずに、普通の合金元素の組成だけで、強さ2倍かつ寿命2倍という卓越した性能を持つ超鉄鋼材料を開発することを目的として、1997年度から開始された。強度2倍の研究では、従来10ミクロン程度の大きさである鉄鋼の結晶粒をおよそ1/10の1ミクロン以下と超微細化することにより,省資源かつリサイクル性に優れた高強度鉄鋼材料の実現を目標としている。

●「新橋梁構造体に関する研究開発プロジェクト」

橋梁構造体化モデルに関する基礎研究開発を土木研究所などと連携し、研究開発課題をユーザー側とともに絞込み、土木、建築、造船などの分野への超鉄鋼材料の適用を見定める。2004年度から開始された文部科学省と国土交通省による異省間での初めての連携プロジェクトである。