「せん断付与加工による組織制御の可能性への探求」

超鉄鋼研究センター 冶金グループ 井上忠信


【背景(1)】

ミレニアムプロジェクトで行っているスクラップ鉄を用いた材料開発では,【急冷凝固+加工熱処理】による組織創製技術の探求を行っている.

高炉プロセスでの連続鋳造における冷却速度は0.1K/sのオーダーであるのに対して,ストリップキャスターなどを利用した場合は1K/s〜100K/sの冷却速度の拡がりがある.

これを利点とするためには,急冷凝固組織を積極的に活用する観点からの基礎研究が必要となる.

一方,鋳造断面が小さくなることは,製品寸法が同じである限りは,加工熱処理工程における“加工度”の制限が顕在化してくる.より軽度の加工度でも効果的(=効率的)な材質制御ができるか,またはさらに一歩踏み込んで加工度制限を打ち破るような全く新しいアイデアの加工熱処理法を考案できるかの検討が不可欠となる.

【加工熱処理におけるひずみに対する従来の考え】

加工熱処理における“加工”が組織創り込みに重要な役割をしていることはよく知られている.特に,微細組織の創製には“強加工”が必須である.

加工が必要なのは,大きな“ひずみ”を材料内に導入するためであるが,多くの場合,このひずみは各方向(x、y、z)のひずみやせん断ひずみを加味したスカラー量である相当ひずみを意味している.相当ひずみを大きくすれば,組織は微細となる.このひずみを大きくするためには,圧縮ひずみや引張ひずみを大きくすれば良い.

圧延であれば,圧下量を大きくすれば組織は微細となる.さらに,圧下と同時にせん断ひずみを付与できれば相当ひずみはその分大きくなる.

【せん断ひずみの役割 (2),(3)】

組織とひずみの関係において,「せん断ひずみの役割は相当ひずみを増加させるだけだろうか?」最近の研究には,それをくつがえす幾つかの結果が見られる.

本研究では,加工オーステナイトから変態したフェライト粒を対象とし,同じ相当ひずみのもと,せん断変形の有無による粒径の違いについて検討した.

せん断ひずみのない領域におけるフェライト粒径 と相当ひずみの関係は,によって示される.せん断ひずみがある領域ではとなる。よって,同じひずみに対してせん断変形の有無で粒径は異なり,せん断付与は粒径をより微細にし、相当ひずみが大きくなるほど顕著である.これは,ある粒径を目標にした場合,せん断付与加工は圧縮率の点で明らかに有利であることを意味する.

例えば,10mm厚の鋼板で粒径2.5ミクロンを目標にしたとき,せん断ひずみを伴わない通常の圧延の場合77%(初期板厚43mm)の圧縮が必要だが,せん断付与圧延の場合には62%(初期板厚26mm)で十分である.すなわち,せん断ひずみには効率良く組織を微細化できる可能性がある.

【今後の展開 (4)】

せん断付与加工により,従来とは異なった集合組織を得ることもできる.これまで,圧延荷重の軽減が主目的であった異周速圧延やクロスロール圧延のような“せん断付与圧延”が,組織制御にも重要な役割を担う可能性がある.

今後我々が取り組む研究の方策として重要なのは,せん断ひずみが組織微細化に寄与することだけでなく,「どのようなプロセスの状況下でどの程度組織を制御できるか?」を定量的に示すことである.

せん断付与加工には,単に圧縮するだけの加工と比べ,多種多彩な方法がある(思い浮かぶ).提案した方法だけに特化した組織制御ではなく,導入したせん断ひずみや圧縮ひずみ,それに伴う相当ひずみとそれらの履歴を定量的に把握し,加工熱処理条件と組織の関係を明確にしたプロセスパラメータマップの作成が,今後の加工度の制限を受ける鉄製造プロセスにとって重要となるだろう.

【文献】

1) 「リサイクル鉄を用いた材料開発」
井上忠信, 長井寿,
材料, Vol.52-9(2003), pp.1107-1115,

2)?Effect of Shear Deformation on Refinement of Crystal Grains?
T. Inoue, S. Torizuka and K. Nagai
MATERIALS SCIENCE & THECHNOLOGY, Vol.18 (2002), pp.1007-1015.

3) 「Effect of Plastic Strain on Grain Size of Ferrite Transformed from
Deformed Austenite in Si-Mn Steel」
T. Inoue, S. Torizuka, K. Nagai, K. Tsuzaki and T. Ohashi
MATERIALS SCIENCE & THECHNOLOGY, Vol. 17-12(2001), pp.1580-1588.

4) 「せん断付与圧延による圧延鋼板の特性」
中嶋宏, 山下晃生, 井上忠信, 鳥塚史郎, 花村年裕, 長井寿
鉄と鋼, Vol.89-2(2003), pp.281-288.