中西研究チームでは、「分子組織化学と材料化学の融合」を基本概念とし、新たな機能性有機ソフトマテリアルの創製、 エキゾチックな自己組織化構造物質の開発に取り組んでいます。基盤となる研究分野は、分子の自己組織化挙動を司るコロイド・界面化学、超分子化学、高分子化学、電気化学、材料化学 と多岐に渡り、物性・物理研究者らとの共同研究にも積極的に取り組むことで、多角的な視点で研究を展開しています。現在特に力を入れているトピックとしては、新奇な有機ソフト光学材料の開発 (単分子液体系ブロックコポリマー系)に関しても、少しずつ研究成果が出て来ました。これまでの研究成果等を以下にまとめています。
[参考文献]Reviews; Chem. Commun. 2010, 46, 3425-3436 (Feature Article); Chem. Soc. Rev. 2010, 39, 4021-4035 (Front Cover Picture); Chem. Eur. J. 2010, 16, 9330-9338 (Concept, Frontispiece); Chem. Commun. 2013, 49, 9373-9382 (Feature Article, Front Cover Picture); Langmuir 2013, 29, 5394-5406 (Feature Article, Front Cover Picture); J. Mater. Chem. C 2013, 1, 6178-6183 (Highight); Curr. Opin. Coll. Interface Sci. 2014, 19, 131-139; Phys. Chem. Chem. Phys. 2014, 16, 7199-7204 (Perspective).

常温液状機能性液体に関する研究

電力消費全体の約20%を占める照明装置については、温室効果ガス排出量低減のため革新的な材料・技術の向上が望まれています。中でも白色に光る有機材料は、白熱電球や蛍光灯に代わる次世代証明の光源材料としての期待が高く、加工プロセスの観点からは、高輝度な白色発光を簡便な方法で調整できる有機材料であることが望まれています。我々は、青色発光性のオリゴフェニレンビニレン(OPV)分子を分岐アルキル鎖で取り囲み、室温で液状、不揮発性の青色発光する材料を開発しました。この液体をマトリクス(溶媒)と見立て、少量の固体色素(ドーパント)を混ぜ込む非常に簡単な操作のみで、良質に白色発光する液体材料の開発に成功しました。本材料は、簡便に様々な基板に塗布可能、白色発光インクとして文字印字ができ、UV-LED表面に塗布し、プロトタイプの白色発光デバイスとして扱うことができます。




[参考文献] Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 3391-3395.
(Highlighted in Nature, 2012, 484, 9. and ChemistryViews, Press released from Wiley)


上述と同様の分子コンセプト(蛍光色素分子を分岐アルキル鎖で包み込む)を基に、より汎用性の高い有機色素であるアントラセンを青色発光するドナー性液体分子として作成しました。この液状アントラセン蛍光体は、有機色素の最大の弱点とも言える光(酸化、二量化など)に対する耐性が、市販のアントラセン色素と比較して5~10倍向上しました。また、電子アクセプター性の発光色素を混ぜ込むことで、単一光励起光源からのフルカラー発光可能な液状材料として仕立てることに成功しました。



[参考文献] Nature Communications, 2013, 4, 1969 (DOI: 10.1038/ncomms2969).




液状π共役分子の新奇自己組織化技法

π共役系分子の自己組織化のタイミングおよび得られる構造・機能を容易に制御できる新技術を開発しました。その制御方法は、自己組織化させたいアルキル化π共役系(液状)分子の一部のパーツ(具体的には、π共役ユニットもしくはアルカン分子)を添加するのみで達成でき、自己組織化後には光導電性を示すようにもなります。




[参考文献] Nature Chemistry, 2014, 6, 690.




フラーレン超分子ポリモルフィズムに関する研究
フラーレン(C60)は、直径1 nmの球状幾何学構造を持ち、 三次元的なπ-π相互作用を誘起します。その特性から、優れた電子受容能、 n型有機半導体性などを兼ね備えた、機能性ナノ炭素物質として知られています。しかしながら、 C60 の自己凝集性は非常に強く、加工技術に汎用性がない、かつ分子物性を十分に引き出せる分子組織化概念が確立されていないなどの 問題点がありました。したがって、その分子間相互作用の精密制御により、 新たな分子集合理論の発展や未開拓な材料分野への応用が期待されます。本研究チームでは、 C60にアルキル長鎖を導入したシンプルな分子を設計・合成し、sp 2炭素とsp3 炭素の溶媒親和性や自己集合性の差を巧みに利用した、 新しい概念の両親媒性による分子集合体形成し、世界に先駆けた提案を示しました。 例えば、C60誘導体( 1, 345C16C60) を用い、様々な有機溶媒中において、 分子自己組織化により、 ナノ~マイクロサイズの多様な形態の超分子集合体として加工できる技術を開発しました(“超分子ポリモルフィズム”)(図 1)。




図1 (a) C60 誘導体(1, 345C16C60)、(b) 1 の組織化ユニット構造(イレコ二分子膜)、(c)ディスク状、(d)フラワー状、
(e)球状、(f)ファイバー状、(g)風車型プレート状、(h) コーン状、(i) マイクロスフェア状、(j) マラカス状、(k) 左巻きスパイラル状、および(l)右巻きスパイラル状組織体のSEM像.
[参考文献] Chem. Commun. 2005, 5982-5984 (Hot Article); Small 2007, 3, 2019-2023 (Front Cover Picture);
J. Nanosci. Nanotechnol
. 2009, 9, 550-556.




   自己組織性超撥水膜に関する研究
分子組織体の特異モルフォロジーを用いて表面に機能を付与する応用として、世界初のC60 素材超撥水膜の開発に成功しました。C60誘導体(2, 345C20C60)を素材とし、 表面にナノフレーク構造を持つマイクロ微粒子を創製しました(沈殿物として100 % の収率)。このフラクタル性表面構造を持つ組織体を、基板上へ塗布、積層化させる簡便な手法で、 水の接触角が152˚示す超撥水素材の開発に成功しました(図2-a,b)。
しかしながら、有機素材全般に言えることですが、 本材料に関しても機械的強度は低く、表面被覆剤としての応用は極めて困難です。本問題点解決のため、アルキル長鎖内にジアセチレン部位を持つC60 誘導体(3, 345C27DAC60)を新たに合成し、分子組織化後、UV光照射により、ジアセチレンならびにC60両部位の光重合を経て、環境耐性(250˚Cの 、酸・塩基・溶媒耐性)、機械的強度に優れた(光照射前後で約30倍強度向上)超撥水素材を開発しました(図2-c,d)。これら研究成果では、 有機素材の自己組織化構造、特に特異なモルフォロジー構造を活かした新たな表面加工材料への 展開・可能性を見出すことができました。



図2. (a) C60誘導体(2, 345C20C60)、 (b) 2のフレーク状マイクロ微粒子SEM像およびその水の接触角(152°).(c)ジアセチレン部位導入C 60 誘導体(3, 345C27DAC60) の二分子膜ユニット構造およびその光重合模式図、(d) 3のフレーク状微粒子SEM像 (UV照射後)およびその水の接触角145°)
[参考文献]Adv. Mater. 2008, 20, 443-446; J. Mater. Chem. 2010, 20, 1253-1260 (Back Cover Picture, Emerging Investigators Issue). Photopolymerized; Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 2166-2170.



 
   フラーレン-フルイド材料に関する研究
様々なモルフォロジーを示すC60含有液晶素材の開発は、 C60の半導体性に着目したウェット加工プロセスの観点から近年注目されています。 我々の着想より見出されたC60 液晶(誘導体(1,2)などを応用)は、最大50%のC60含有量を保持できます (液晶素材で最高のC60含有量)。 これらは、広い温度範囲でサーモトロピック液晶性を示し、XRD解析にて(0 0 14)面にまでおよぶ回折ピークが得られており、 高いラメラ配向性を示しました(図3-a)。また、C60由来の他段階の redox応答を与え、液晶性有機半導体として比較的高い電荷移動度(3 x 10-3 cm2/Vs)を示す利点を兼ね備えています。

炭素素材ソフトマテリアルの中でも室温で“液体”となるとその探索例は非常に限られます。我々は、これまでの分子設計コンセプト (C60+アルキル長鎖) はそのままに、 導入するアルキル鎖置換位置を2,4,6-位に変換することで (4a-c, 246CnC60, n = 20, 16, 12)、 C60 間の凝集力を抑制し、“室温液状フラーレン”の開発に成功しています(図3-b,c)。 導入するアルキル鎖長の増加と共に、 物質粘性が減少する(鎖長により、粘性制御可)といった、 アルカン性分子の一般的な性質とは全く逆の挙動を示す特徴を持ちます。この素材は、液状炭素材料としての実用化の可能性を秘めており、 潤滑剤や軽量ポリマー硬化剤などへの応用試験の取り組みも進行中です (テニスラケット用のガットファイバーをスポーツメーカーと共同試作)。 これら、C60 含有液晶、液体などの着想は、未開拓のC60 素材ソフトマテリアル開発に新たな指針を与えるものと期待されています。


図 3. (a) C60 誘導体(2)の示す液晶テクスチャPOM像. (b)室温液状フラーレンとなる誘導体246CnC60 (4a; n=20, 4b; n= 16, 4c; n=12)および(c)その実写真 (4b).

[参考文献]
Liquid Crystals; J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 9236-9237; Langmuir 2010, 26, 4339-4345.
Liquid C60s; J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 10384-10385; J. Mater. Chem. 2012, 22, 22370-22373; Langmuir 2013, 29, 5337-5344.




   超分子転写法の提案
我々はさらに、特異な超分子組織構造(ソフトマター)を金属(ハードマター)ナノ組織構造へと転写する技術、 “超分子転写法”を新たに提案しました。表面にナノフレーク構造を持つマイクロ微粒子組織体(誘導体2の分子組織体)を鋳型として用い、 構造転写されたナノフレーク金属表面は、 有機単分子膜とのハイブリッド化により、超親水~超撥水性を容易に制御可能となりました (図4)。さらに、表面増強ラマン散乱(SERS)活性基板へも応用できます。また、本技術は、素材分子の回収、再利用が可能なサスティナブル的手法であると共に、 基板素材、蒸着金属に依存しない多種多様な応用の可能性を秘めています。



図4. C60 誘導体(2)の超分子組織体を鋳型とした金属ナノフレーク構造の創製模式図(“超分子転写法”).

[参考文献]
Chem. Eur. J. 2009, 15, 2763-2767 (Front Cover Picture).




   CNTレーザー局所加熱温度計への応用
カーボンナノチューブ(CNT)を5%存在下、上述同様に長鎖アルキル基導入C60 誘導体(2)の自己組織化構造体(フレーク状マイクロ微粒子)を創製しました。 CNTは近赤外(NIR)波長領域に強い吸収を持ち、NIRレーザーの光エネルギーを吸収、分子振動モードへ変換、熱エネルギーとして放出します。 本機能が生体内フォトセラピー応用技術として期待が高まる中、実際に高温側の発熱到達温度を評価した実験例はありませんでした。 本実験系では、CNTを含むマイクロ微粒子のNIR レーザー照射による局所的な表面モルフォロジー変化(融点到達)を観察することにより、 昇温温度に関する情報を読み取ることができます(図5)。 予め微粒子の融点をXRDやDSCにて規定後、CNTのNIRレーザー発熱のインディケーターとした結果、 NIRレーザー照射により220℃以上へ瞬時に到達していることを初めて実証しました。
図5. CNTレーザー局所加熱温度計の実験例.

[参考文献]
J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 8566-8568; Langmuir 2013, 29, 7464-7471.

   

   CNT/フラーレンハイブリッド光電変換デバイスに関する研究 
アルキル基導入C60誘導体がCNT表面に特異的に相互作用することを利用し、 これらハイブリッド材料を素材とする光電変換デバイスの構築、 および性能評価を行いました。ナノカーボンハイブリッド材料である利点は、軽量、機械的強度に優れることの他に、 近年様々な手法にてナノカーボン素材のファブリケーション技術が発展しており、CNT単分子デバイスなどへの応用も可能な点が挙げられます。 実際、FETデバイスに配置された単分子SWCNTに沿って、 アルキル基導入C60 誘導体が特異的に吸着し (図6 AFM画像)、光照射に対する電気応答のon-off挙動が明らかとなっています。その他、本ハイブリッド材料を大面積のITO 電極上へ塗布した、バルク薄膜状における光電気化学デバイス性能も明らかにしました。


図6. 長鎖アルキル基導入C60 誘導体を単層カーボンナノチューブ上へ自己組織化ハイブリッド形成(上: AFM)
およびそのナノサイズ FETデバイスへの応用模式図(下).

[参考文献]
Chem. Sci. 2011, 2 (11), 2243-2250.


   その他、機能性自己組織化構造材料に関して
○光導電性のフラワー状フラーレン自己組織化材料
Chem. Commun. 2010, 46, 8752-8754.



○異方的な光導電性を制御できる二次元結晶性フラーレン自己組織化材料
Phys. Chem. Chem. Phys. 2011, 13, 4830-4834.




○様々な機能性を示すアルキル基導入型“イオン性”フラーレン誘導体の自己組織化材料

Langmuir 2011, 27, 7493-7501.




○アルキル基導入型フラーレン誘導体のグラファイト上における自己組織性ナノワイヤ構築
J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 6328-6329.
Colloids & Surf. A 2008, 321, 99-105.





   
   
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