NIMS NOW


特集
新規20プロジェクトの紹介と最近の成果
― ナノ計測センター ―

高速広域3次元分析用電子
シミュレータの開発を目指して
PHOTO PHOTO PHOTO
ナノ計測センター
先端表面化学分析グループ
田沼 繁夫 福島 整 木村 隆

 電子材料や複合材料の開発では、材料の実用化において最も重要な故障解析を中心に、広い面積を平面方向および深さ方向に数十nm以下の高分解能で計測・解析する広域高速3次元分析技術が強く要求されています。このためにオージェ電子分光装置(AES)、X線光電子分光装置(XPS)、電子線マイクロアナライザー(EPMA)等の高度化が進められています。しかし、目的達成には個々の手法では限界があり、これらを組み合わせた新たな測定法や解析法の開発が不可欠です。そのためには、固体内を電子が移動していく上で起きる非弾性散乱や弾性散乱等の電子輸送過程のモデリングと、散乱に関連した物理量を正確に知ることが非常に重要です。そこで、実用表面分析において、最も有用な100eVから10keV程度のエネルギーをもつ電子に対して、正確な計測・解析を可能にするために、電子の非弾性平均自由行程(IMFP)や阻止能等の基礎物理量の精密化を図るとともに、3次元広域表層電子シミュレータの開発を目指しています。
 固体中における電子の非弾性散乱を記述するIMFPは、AES やXPS などの表面電子分光法では表面感度やマトリックス効果を表す最も基本的な量です。ISOなど実用分析では、物質に固有な誘電関数から計算したIMFP値を基にした一般式TPP-2M(Tanuma-Powell-Pennの式)が広く使われていますが、その正確さの実験による検証は不十分です。そこで電子を試料に入射し、エネルギーを保持して反射する電子を計測する弾性散乱分光法(EPES)を用いて、13種類の固体元素について実験的にIMFPのエネルギーおよび物質依存性について調べました。図1にその結果の一部を示します。電子エネルギーとIMFPの比は、ログスケールで表した電子エネルギーとよい直線関係を示しています。このプロットはファノ・プロットと呼ばれ、IMFPのエネルギー依存性を知ることができます。図2には、銀のIMFPについて、実験値と理論計算値およびTPP-2M式との比較を示します。これらの結果から、TPP-2M式と実験値の差はおよそ10%程度であり、正確であることが実証されました。このように、電子の非弾性散乱を記述する基礎物理量の精密なデータベースの開発を基に、3次元広域表層電子シミュレータの開発を進めています。これにより、AES、XPS、EPMA、EPES等のデータが複合的に解析でき、高速表層3次元高精度分析が可能になると期待されます。なお、このEPESの実験は名古屋工業大学、後藤敬典教授との共同研究です。

図1
図2
図1  電子の非弾性平均自由行程のエネルギー依存性.
図2  銀の非弾性平均自由行程の実験値と一般式TPP-2Mの比較.


line
トップページへ