NIMS NOW


特集 持続可能な社会形成を支える
ナノテク・材料研究 IV

ナノ領域の化学物質認識を目指す
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エコマテリアル研究センター
環境循環材料グループ
東京大学大学院
理学系研究科
山田 裕久
田村 堅志
山岸 晧彦

 ナノテクノロジーへの期待が高まる中で、生活環境中の微量の化学物質に対して生体反応に匹敵するような高度な選択性で分子認識する材料技術が医薬学、環境科学、生命科学など幅広い分野で求められています。
 アミノ酸や糖など生命現象において重要な役割を担う生体関連分子の多くは、もとの像と鏡に映した像とが3次元的には重ならない、鏡像異性体(光学活性体)をもちます(キラリティをもつともいう)。キラルな分子の一対の鏡像異性体は偏光に対する光学的挙動が異なる(旋光性を示す)だけで、他の物理的・化学的性質は全く同じです。しかし、生体系はこれらキラル化合物の双方の鏡像異性体に対して異なる応答を示します。分子式が同じであっても立体構造が異なると『におい』や『味』が全く違うものに感じるのもこのためです。
 今回、私たちは一つの分子に親水性と疎水性の部位を併せもつ、光学活性な両親媒性ルテニウム錯体を合成しました。そして、この分子のキラル識別能を調べるため、別のキラル分子を溶かした水溶液上にこの両親媒性キラル錯体の単分子膜を形成して、その膜と水中のキラル分子との相互作用を観察しました。一般に空気/水界面に形成する単分子膜(ラングミュア膜)には親水基に対して垂直方向に疎水基を伸ばした分子(垂直型分子)が適しているといわれますが、今回私たちは親水基に対して水平方向に疎水基を伸ばした分子(水平型分子、図1)を合成しました。
 この両親媒性ルテニウム錯体のラセミ体(鏡像体の等量混合物)、光学活性体(Λ-体およびΔ-体、図2)の3種類の分子をそれぞれキラルな(+)-酒石酸アンチモニルカリウム((+)は右旋性、(−)は左旋性を示す)が溶けた水面上に浮かべ、単分子膜の表面圧力の変化を調べました(図3)。
 その結果、下層水中にキラル分子が含まれていない場合は全ての試料で表面圧力−分子面積(π−A)等温線が重なって変化がみられないのに対し(図中の青線)、下層水にキラル分子が溶けているときはΔ体膜の場合のみπ−A等温線が高分子面積側にシフトしました(図中の緑線)。これは水平型ルテニウム錯体のΔ体と(+)-酒石酸アンチモニルカリウム間の相互作用が大きくなり、立体選択的な効果が増大するためであると考えられます。この現象は垂直型の両親媒性ルテニウム錯体では見いだされませんでした。分子構造を変えることによって新しい分子認識能が発現しました。このような知見を基に高選択性のキラルセンサーや生活環境中の極微量の化学物質も検出できる高感度センサーなどへの応用が期待できます。

図1
図2
図1  水平型両親媒性分子:中心の親水基に対して水平方向に2本のアルキル鎖を伸ばしています.
図2  水平型ルテニウム錯体(2価陽イオン、対イオン(ClO4-)2)の鏡像異性体:Λ-体とΔ-体. この場合は3つのビピリジル配位子の立体配置によりキラリティが生じている. 配位子の配置は記号Λ、Δで表す.
図3
図3  ルテニウム錯体の分子面積−表面圧(π−A)等温線
青線:キラル分子を含まない水の上に膜を形成した.
緑線:(+)-酒石酸アンチモニルカリウム水溶液上に膜を形成した.


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