水素は元素の中で最も小さく、室温でも鉄鋼材料に出入りできます。通常、鉄鋼材料に存在できる水素の量は数重量ppmまたはそれ以下で極めて僅かですが、亀裂の先端応力集中部に集積しやすいため材料の脆性破壊を促進します。材料の強度が高いほど水素による脆化に対する感受性が高くなります。水素脆性の感受性は超高強度鋼にとって最も厳しく評価される項目の一つです。
水素脆性を抑える方法として、水素と強い相互作用を持つ微細粒子を材料に導入し、水素をトラップ（捕捉または固定）すれば水素が亀裂の先端部に行けなくなり、水素を無害化することができると考えられます。析出強化粒子として知られるチタン炭化物（TiC）やバナジウム炭化物（VC）はそのような微細粒子で、大量に水素をトラップする機能を持つ物質であることを見出しました。また、熱処理などで、析出物粒子をナノ化することにより水素を最も効果的にトラップすることを明らかにしました。
表紙写真下及び図1は鉄に析出したナノサイズTiC粒子の格子像の一例です。TiC粒子はマトリックスの鉄の（100）面上に円盤状に析出しています。私達は今まで困難とされてきた低合金鋼の高分解能観察に成功したことによりナノ粒子の結晶学的構造及び水素吸蔵量の定量評価ができるようになりました。図1を画像解析することによって、TiCナノ粒子は図2に示すように鉄との間に半整合界面を作り、水素原子をトラップする歪んだ場所（サイト）が作られることが分かりました。そのトラップサイトはミスフィット転位芯（T字マークで示されています）及びその付近の整合界面部分、さらに界面近傍のマトリックスの弾性歪み場からなります。これらのサイトはそれぞれ水素と異なる結合力を持ちます。転位芯に近いほど結合力が強くなります。
今後、TiCなどナノ粒子の水素トラップ機能を活かした水素脆性に強い超高強度鋼の開発を進めて行きます。 |
