NIMS NOW


特集 持続可能な社会形成を支える
ナノテク・材料研究 I

亀裂近傍の水素分布のその場観察
− SCC事故原因の根本的な解明を目指して −
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材料研究所
腐食解析グループ
升田 博之
片山 英樹

 ステンレス鋼の応力腐食割れ(SCC)が原子力プラントなどで問題となっていることはよく知られた事実だと思います。多くの研究が行われてきましたが、割れの機構は判っていません。アノード溶解説、水素脆性説など議論されてきましたが、機構がはっきりしないのはその場で溶解過程や水素の分布の観察ができなかったためです。
  今回ターゲットにしたのは海塩粒子によるSCCです。原子力プラントや化学プラントが海岸近くにあるので起こるSCCです。従来の手法であるU-bend法で亀裂を発生させた試験片を用いて常温で孔食発生を観察したところ腐食が亀裂先端のみに発生し、あたかも常温で亀裂が成長しているような信じられない現象が見つかりました。亀裂先端のみ腐食が起こるということは電気化学的に卑な物質がそこに存在することになります。そこでナノスケールでの亀裂成長や電位分布の連続観察を可能にするために薄板に小さな液滴を付着させるという新しい試験法を開発しました(特許出願2件)。
  図は新試験法で発生させた亀裂の先端近傍の光学顕微鏡像と私達が開発した世界で唯一広範囲の形状像と表面電位分布像を同時に取得できるスーパーケルビンフォース(SKFM)顕微鏡像です。光学顕微鏡像の矢印の部分は非常に小さな不連続亀裂が発生している場所を示しています。左の形状像で判りますようにちょうどすべり変形部の先端に相当します。表面電位分布を見ると試験終了直後では約300mV周囲に比べて電位が低い場所が亀裂先端付近に存在します。この電位の低下が常温で亀裂先端部に腐食を発生させる原因と判明しました。また大気中に放置しておきますと図(a)と(b)の比較で判りますように電位分布は時間とともに変化し電位は均一になっていきます。すべり変形による新生面の形成によって電位が低くなっていると考えることもできますが、実験では100mV以下の電位の低下で、亀裂先端の電位低下がいかに大きいか判ると思います。この電位低下の原因としてはカソード反応によって発生した水素がすべり変形とともに移動して水素化合物をすべり変形先端部に形成していることによると考えています。腐食量、すべり変形、電位分布の経時変化を詳細に追うという従来にない試みでSCC機構の解明を続けています。

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図   表面亀裂の光学顕微鏡像(右上)とSKFM像.左上は形状像、
電位分布像(下)では明るい部分が電位は卑.中央上は亀裂の拡大図.


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