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特集 学際領域研究開発II
“ナノ・IT分野”における技術革新

光通信波長帯での
単一光子発生用量子ドット技術
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ナノマテリアル研究所
ナノ電子光学材料グループ
佐久間 芳樹

 量子力学は、電子や光の不思議な振る舞いを記述するために20世紀前半に確立された学問で、これにより物質や材料の基本的な性質をすべて理解することができます。しかし最近になって、この量子力学の性質を人工的に操って、私達の社会生活に積極的に役立てようという機運が高まっています。量子コンピュータや量子暗号など「量子情報通信」と呼ばれる新しい技術がその代表例です。このうち量子暗号技術は、第3者による盗聴が絶対にできない極めて安全な暗号技術であり、社会が情報ネットワークで結ばれてますます便利になるのとあいまって、その早期実現が強く望まれています。私達が目にする光は、実は光子と呼ばれる粒からできています。量子暗号技術は、この光の一粒一粒に暗号情報を載せる全く新しい技術なのです。その実現には、光子を一個ずつ発生したり検出したりできる単一光子デバイスが必要不可欠で、その基礎となる量子ドットの形成技術が成否の鍵を握っています。
  量子ドットは、人工的に作った数十nm以下の極めて小さな半導体のナノ構造です。量子ドットは原子のような性質を持っているため、その小さな領域に電子や正孔を閉じ込めると、パウリの排他律という量子力学の基本原理によって、光子を一個ずつ発生させることができます。私達は既に広く敷設されている光ファイバ通信網が利用できるように、光通信で重要な1.3〜1.55μm帯で極めて強い発光を示す高品質な量子ドットの開発に成功しました。MOCVDと呼ばれる結晶成長技術を使って、インジウムリン(InP)基板上にインジウムヒ素(InAs)の量子ドットを形成する技術を開発したのです。図1は、作製した1個の量子ドットの断面の透過型電子顕微鏡写真です。InPとInAsの上下のヘテロ接合界面が原子レベルで平坦にできており、このような形状のものはこれまで報告例がありませんでした。そして、この量子ドットからの発光を詳しく調べたところ、期待通り単一の光子の発生が起こっていることも確認されました。通信波長帯での単一光子の発生確認は世界で初めての成果です。また、図2に示すように、量子ドットの高さを任意に調節できる2段階キャップ法という波長制御技術も同時に実現しました。この優れた量子ドット技術を使い、単一光子デバイスの実用化に向けて、民間企業や東大との共同研究も始まっています。

図1
図1  InP(001)基板上に形成したInAs量子ドットの断面透過型電子顕微鏡像.
図2
図2  2段階キャップ法による量子ドットの高さと77KにおけるPL発光波長.


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