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研究最先端

MDシミュレーション
による材料の特性予測

 
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計算材料科学研究センター
粒子・統計熱力学グループ
下野 昌人 小野寺 秀博 鈴木 哲郎

  計算機の性能向上に伴い、実験・理論に次ぐ第3の手法として計算機シミュレーションが様々な分野で応用されています。特に、分子動力学(MD)シミュレーションと呼ばれる手法を用いると、通常の実験で調べるのが困難な情報をも「仮想実験」から得ることができます。MDシミュレーションを用いて、新しいタイプの材料の特性を予測する試みをご紹介します。

MDシミュレーション
  原子1個1個の動きを計算して追跡するのが、MDシミュレーションのやり方です。この「仮想実験室」の中では、現実に実験するのが難しい状況でも実現できる反面、計算機の能力によって、扱える原子の数や時間スケールに限りがあります。そのため、短時間で起こる現象や原子数が少ない対象を扱うなどの工夫が必要となります。以下にその例を2つご紹介します。

アモルファス合金とナノ結晶
  原子配置がランダムなまま固まったアモルファス合金、およびその熱処理により生成する結晶粒の非常に細かいナノ結晶合金は、通常の結晶材料とは大きく異なった特性を示し、新しい材料として期待されています。ただ、アモルファスになりやすい合金系の探索や、その結晶化のコントロールについては経験に頼る点が多いため、シミュレーションを活用することで新しい指針を得ることができれば有用です。
  アモルファス合金は通常、液体状態からの急速冷却により生成されますが、MDシミュレーションを使うと、合金の組み合わせや冷却速度など、種々の条件を変えて仮想実験できます。また、実験では不可能なほど高い冷却速度を得るのも容易です。
  例えば、アモルファス合金の形成能、つまり作りやすさを高めるための経験則として、原子サイズ差の大きく、混合熱が負、つまり混ざりやすい合金の組み合わせがよいとされていますが、MDシミュレーションでは、原子サイズや混合熱を自由に変えられますので、その経験則を検証し、より定量化することができます。合金元素の原子サイズ比と混合熱、それぞれ片方だけを変化させ、種々の冷却速度に関してアモルファス合金のできる組成域を調べたところ、原子サイズの効果の方がより大きく形成能に寄与していることが分かりました。
  また、合金の組み合わせや冷却条件を工夫することで組織を制御するためのヒントも得られます。図1には合金元素の原子サイズ比を変えて同じ条件で冷却した結果を示します。原子サイズの違いが大きい時はアモルファスに、小さい時にはナノ結晶になるのが分かります。
  図2はTi-Al系のアモルファス合金の原子配置と、結晶化が進行する様子です。この様に、電子顕微鏡でも捉えられないミクロな情報をシミュレーションは教えてくれます。

金属ナノ粒子
  金属の微粒子は、その大きさが数〜数十nm程度(1nmは10−9m)になると、化学的性質や電気磁気的性質など、その物性がマクロな大きさのとき(バルクと呼ばれます)とは大きく変化することが知られており、その特性を利用して、触媒・高密度記録媒体・光スイッチなど、ナノデバイスとしての応用が期待されています。ただ、サイズがナノ程度になると、新しい特性が発現する反面、バルクから期待された性質が失われることもあり、材料としての特性が微粒子のサイズによりどう変化するのかを知ることは重要です。
  また、形状記憶合金の変形に関与するマルテンサイト変態は、短時間で一気に進行するのが通常で、MDシミュレーションに適していると期待されます。
  そこで、TiNi系に代表される、規則合金のマルテンサイト変態がクラスターになることでどう変化するのかを調べてみます。TiNi系の規則合金の微粒子を「仮想実験室」内で作成し、保持温度を変化させて構造が変わる様子をシミュレーションします。すると温度を上げ下げすることで、B2構造と呼ばれる高温相と、より対称性の低い低温相との間を、マルテンサイト変態で移り変わることが確認されました(図3)。
  更に、微粒子のサイズを変えたときに、そのマルテンサイト変態の温度、および融点がどう変化するかをシミュレーションで調べた結果が図4です。どちらの温度も粒子サイズの減少とともに降下することが確かめられ、材料として使用する際、動作温度を制御する上での重要な情報が得られます。

まとめ
  MDシミュレーションは様々な物理過程を原子レベルで解析することのできる強力なツールです。シミュレーションを活用することで、新物質の物性を予測し、新しい材料の開発への指針を得ることができると考えています。

図1
図2
図1  液体からの急冷で生成したアモルファス(左、原子サイズ比1:0.9)とナノ結晶(右、同比1:0.95).
図2  Ti-Alアモルファス合金の結晶化の様子.赤色がAl原子、青色がTi原子を表す.

図3
図4
図3  変態前後の合金ナノ粒子の外観. 青色がNi原子、緑色がTi原子を表す.
図4  ナノ粒子のサイズ変化による融点(Tm)およびマルテンサイト変態温度(降温時 Ms、昇温時 As )の変化.右端はバルクでの値.


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