ものづくり最先端II

光電効果型高輝度電子線源の開発
−“虫眼鏡程度のTEM”からの脱却を目指して−

材料研究所 
基礎物性グループ

木本 高義


 光学顕微鏡では凹凸レンズを組み合わせて球面収差が除去できるため、像分解能は原理的分解能である光の波長程度です。他方、透過型電子顕微鏡(TEM)では実用的な凹レンズの製作が不可能なために球面収差が除去できず、像分解能は電子の波長に比べて約100倍も低く、光学顕微鏡に対する虫眼鏡程度だと言われています。将来、超高輝度・高干渉性の電子線源をTEMに用いて充分に良質なホログラムが得られれば、その像再生過程で光学凹レンズによる収差の除去ができ、“虫眼鏡程度”からの脱却が可能となります。
 陰極先端に量子効率(光電効果で放出される電子の割合)の高い物質を被覆し可視レーザーを照射すると、既存の熱電子放出や電界放出型電子線源よりも数万倍の多量な電子が放出されます。また、既存電子線源では電子が全方位に放出されますが、この光電効果型電子線源では殆ど同一方向に低速の電子が放出され、電子を細く集束できるため、超高輝度電子線源となることが期待できます。加速器やX線発生装置への応用も可能です。
 超高輝度の光電効果型電子線源を開発するには基本的な諸課題を解決する必要がありました。一般的にCs3Sb等の高量子効率物質は僅かな酸素に晒しても量子効率が減少します。このため、陰極先端に高量子効率物質を被覆した後、酸素に晒すことなく陰極ユニットを被覆装置から取り出して電子線源に装着できる装置作りを行い、その有効性を実験により確認しました。高真空中でもCs3Sb等の量子効率は高温ほど速く低下します。そこで、ペルチェ冷却を用いて陰極先端を局所冷却できる陰極を作製しました(表紙写真下/図1)。周辺部も冷却して陰極先端を−42℃まで局所冷却し、連続可視レーザーの集束照射をしても低温が保持できることも実証し、実用化への道を拓きました。
 陰極先端と蒸着ボートの間に小さな穴を開けた絞りを置くことにより、Cs3Sbを陰極先端の微小領域に真空蒸着することにも成功しました(図2)。集束イオンビームを用いて絞りの穴開けをすれば、蒸着領域および電子放出領域を10nmまで小さくでき、その形状や個数も自由に制御できます。現在、関連の登録特許が3件で、出願中の特許が3件ですが、今後は商品化も視野に入れての開発を行う予定です。

図1 陰極先端部の局所冷却の説明図.

図2 Cs3Sbの微小域被覆膜からの電子放出.



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