ものづくり最先端

核スピン超偏極技術の開発
− 超高感度NMR分析の実現にむけて −

強磁場研究センター
磁場科学グループ

後藤 敦

 

端 健二郎

 

清水 禎


 核磁気共鳴(NMR)は、非破壊かつ高精度な分析手法として、幅広い分野で重要な地位を占めていますが、残念ながら他の主要な分析手法に比べ感度が低いという弱点があり、これまでナノ物質・材料を始めとした微小・微量な物質の分析には不適とされてきました。しかし、原理的に原子レベルの分解能を持つNMRはナノ物質・材料等の分析においても重要な分析ツールとなる可能性を秘めており、この低感度性の問題を打破することが強く望まれています。
 NMRの信号強度は核スピンの揃い方(偏極度)に依存します。通常の磁場・温度下では、核スピンの向きはほとんどランダムであるため、大多数の核スピンからの信号は互いに相殺されて観測にかかりません。従って、NMRの高感度化には核スピンの方向を揃えること、即ち偏極度の上昇が不可欠です。
 当機構では、核スピン偏極度の劇的な上昇(超偏極)を目的として「核スピン偏極技術」の開発を進めています。その概念図を図1(a)に示します。まず、化合物半導体を円偏光によって励起し、光ポンピング効果によって半導体内部に核超偏極状態を生成します。続いて、この半導体(偏極だめ)に接触させた測定試料に、核超偏極を界面転写します。超偏極は界面からスピン拡散により試料内部へと広がります。これにより、多様な試料において核超偏極状態が生成され、2〜5桁の信号強度の増強により高感度NMRが実現されます。
 当機構では、これまでに図1(b)に示すシステムを開発しました。レーザーシステムとNMR分光器からそれぞれ発せられた励起光と高周波電磁波は、クライオスタット内に設置されたプローブに導かれます。プローブでは、励起光と2つの高周波の試料への同時照射が可能であり、半導体の超偏極と偏極転写が可能です。これまでに化合物半導体インジウムリン(InP)中のリン核の超偏極に成功しました(図2はInP:Feにおけるスペクトル例)。さらに、インジウム核とリン核の間での偏極転写実験にも成功しています。今後は本システムを偏極の界面転写に適用し、広範囲の試料において核超偏極の実現を目指します。

図1 (a)核スピン偏極技術の模式図.(b)核スピン偏極システム.

図2 InP:Fe試料中のリン核の超偏極NMRスペクトル. 赤線、青線は励起光照射時(σ−、σ+)、黒線は非照射時のスペクトル.

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