スピンに依存する脱離現象

ナノマテリアル研究所
ナノファンクショングループ
鈴木 拓



 当機構では最近、準安定原子ヘリウム(He*)を使って、スピンと脱離現象との間に関係があることを発見しました。
 物体表面に光やHe*(電荷は中性でエネルギー的に励起状態にあるヘリウム原子)を照射すると表面の原子や分子が表面から空間に飛び出していく現象(脱離)が起きることが知られています。これは照射により表面の電子状態が励起され、その結果脱離する原子(分子)と表面の結合が切断されるためです。表面の電子状態を励起することで起こる脱離は電子遷移による脱離と総称され、表面で起こる化学反応の一素過程に相当すると考えられています。
 図1はスピン偏極He*を試料表面に照射した際に試料から放出される正イオンの到着時間分布を示したものです。“スピン偏極”とはHe*のスピン(電子などが併せ持つ磁石のような性質を表す物理量)を試料の磁化の向きにそろえた状態を言います。試料は磁化したNa/Fe積層基板の上にOH基を吸着させたものです。観測されている信号はHe*照射によりOHが分解し、その結果脱離したH+です。H+の脱離収率がHe*のスピンの向きによって異なることがはっきり見て取れます。
 図2に脱離メカニズムを示します。表面にHe*を照射するとOHから電子が引き抜かれ、表面は励起状態となります。励起状態においてH+が表面から離れた方がエネルギー的に有利ならば脱離が起きます。ただしこの励起状態には寿命があります。励起状態の寿命は、He*により作られた電子の穴が、同じスピンの電子(主にNa電子)によって埋められるまでの時間です。この表面のNa電子の数はスピンにより異なるため、励起状態の寿命はスピンに依存します。この寿命の長い(短い)方が、脱離収率が大きく(小さく)なり、脱離収率がスピンに依存することになります。
 今回の発見は、脱離のような物体表面で起こる化学反応とスピン偏極との関係を初めて示したものです。更に研究が進めば、化学反応をスピン偏極で制御することも可能になるものと期待されます。


図1 試料磁化の向きに平行(赤)と反平行(黒)にスピン偏極したHe*により脱離したH+の飛行時間分布
図2 観測された脱離メカニズム.He*の色(黒、赤)は図1の線色(黒、赤)に対応する

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