超高圧と物質・材料
超高圧発生装置と物質・材料研究

材料研究所
高比強度材料グループ
松本 武彦



 人類は道具を使い始め、すぐに石斧や矢尻など鋭い先端に力が集中することに気付きました。また、12世紀以降は火薬の爆発力を用いた銃器の開発に知恵を絞ってきました。結果的に圧力を高める努力を積んでいましたが、圧力という概念には至っていません。科学的に圧力を意識した研究は、パスカルやトリチェリなどの大気圧に関する実験が行われた17世紀以降、理想気体に関する状態方程式(pV = nRT ;ボイル=シャルルの法則、18世紀後半)が確立されてからです。 
 20世紀になって合成化学の分野で圧力利用技術が急速に発展し、その後、超高圧技術はダイヤモンドなど宝石類の人工合成で長足の進歩を遂げて現在に至っています。実際、物質研究所には世界最大級のダイヤモンド合成用超高圧装置が設置されています。この間、固体でさえも加圧によって体積減少を示し、それに伴い絶縁体が金属化するなどの劇的な物性変化が示され、固体科学において温度、磁場と同様に圧力は極めて重要なパラメータであることが再認識されてきました。
 こうした高圧力研究に不可欠な装置開発ですが、一般に、その困難さは、圧力発生空間のサイズと最高発生圧力の積に比例しています。しかし、この難しさも高強度材料の利用・開発によって軽減され、近年大きく発展しています。例えばダイヤモンドを用いたダイヤモンド=アンビルセルやNiCrAl合金を用いたピストン=シリンダー型圧力装置(表紙写真上)などその代表例です。
 当研究機構での高圧力研究者による、物質合成や固体科学の分野における複合的で困難な極限環境(高温・低温、強磁場)への挑戦が、本特集に詳しく紹介されていますように、装置開発やそれを用いた超高圧下での物質・材料研究における目覚ましい成果として結実しています。
 最後に、固体物性科学の分野で優れた成果を生んだ低温・高圧装置に使われた高強度NiCrAl合金について紹介します。材料研究所で材料化され、図に示すような応力-ひずみ曲線を示すこの合金は、Crを約40%含み、非磁性であり低温・強磁場という極限環境での高圧装置開発に適しています。この合金で圧力装置を作成するには応力レベルも低く、加工も容易な溶体化処理材を機械加工し、その後時効して高強度にします。時効によって、強度が2000MPa以上に達し、伸びも適当なこの合金の特性が、圧力セルへの加工プロセスを安価で容易にしました。その結果、従来のピストン=シリンダー型圧力装置での記録の2倍以上の4000MPa(最高発生圧は、経験的に材料強さの2倍)の圧力発生に成功し、固体物性科学の研究に貢献しています。


図 NiCrAl合金の応力ーひずみ曲線




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