海から鋼を守る強力溶射コーティング

材料研究所
構造体化研究グループ

黒田 聖治

材料研究所
構造体化研究グループ

福島 孟

材料研究所
耐食材料研究グループ

川喜多 仁



 海に囲まれた日本では、腐食による経済的損失は年間4兆円にも達すると試算されています。私たちの研究グループは溶射というコーティング法を改良し、普通の鉄鋼にスプレーしただけで海でも錆びないように変身させる強力なコーティングの製造に成功しました。このコーティングの材料はハステロイというニッケルを主成分とした耐食合金で、皮膜の厚さが0.4ミリもあるので、腐食だけでなく波や浮遊物による機械的な攻撃にも強いことが期待できます。
 表紙写真上に開発した溶射ガンの外観とプロセスの原理を示します。私たちの研究グループはまず高速フレーム溶射法(HVOF)に着目して研究を進めました。このプロセスでは燃料と酸素を燃焼させて得られた高圧の燃焼炎をバレルから噴出させて秒速1500メートル以上の超音速ジェットを発生させます。ロケットエンジンの小型版ともいえます。この中に原料粉末を供給すると、高速度で基板に吹き付けられて緻密性の高い皮膜ができることが知られていました。しかし、通常の装置だけでは海洋環境に耐える皮膜は作製できませんでした。そこで、粉末粒子をさらに高速度に加速し、併せて酸化も抑制するために付加装置(ガスシュラウド)を開発し、大量の窒素ガスを下流で吹き込むことによって緻密で耐食性に優れる皮膜を得ました。
 この方法で作製した皮膜は、3ヶ月間の海洋暴露試験によって鋼を完全に防食することが確認されました。写真は暴露後の試験片(A4サイズ)の外観で海中から引き上げたものです。通常のHVOFで作製した試験片(左側)からは筋状の錆が発生し、皮膜が浮き上がってしまいました。これに対して、開発したガスシュラウドを付加して作製した試験片(右側)には、貝の幼生や海藻が付着していますが、腐食は全く認められません。本法は耐食性と耐摩耗性が要求される各種産業分野にも適用が可能であり、また補修技術としても有効であるため産業界から注目されています。なお、この研究は超鉄鋼研究プロジェクトの一環として進められています。
(本研究成果は、日刊工業、日本工業、日経産業、化学工業日報、鉄鋼新聞、科学新聞の各紙に紹介されました。)

普通のHVOF溶射

開発したガスシュラウド付きHVOF溶射

写真:海中暴露試験3ヶ月後の試験片(縦30cm×横20cm)の外観.左側が通常のHVOF溶射による皮膜で、筋状の錆と皮膜の浮き上がりが生じている.右側が開発したガスシュラウドを付加して作製した皮膜で、腐食は全く認められない.(白い点は貝の幼生で、褐藻類の付着も認められる)


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