生体材料研究
運動機能系生体材料
軟骨を再生する材料


物質研究所
生体材料グループ
田口 哲志


 軟骨は、骨と骨の間にある弾力性のある組織です。この軟骨があるため、運動の衝撃が吸収され、摩擦が少なくなってスムーズな運動が可能になります。しかし、軟骨は歳をとったり激しいスポーツをしたりするとだんだん磨り減っていきます。軟骨が減ると硬い骨同士がこすれ合って大きな痛みを感じます。現在、重症の軟骨疾患は人工関節を使って治療されています。軟骨は一度減ると自然に治癒することが難しい組織だからです。
 ところが近年、組織工学(Tissue Engineering)によって損傷した軟骨組織を再生できると考えられるようになりました。その方法は、正常な軟骨から細胞を少し取り出し、材料の中で培養して、再び体内の軟骨に移植するという方法です。物質研究所では、軟骨を再生するために必要なマトリックス材料を開発しています。
 軟骨は、他の組織に比べて細胞の数が極端に少なく、全体積の1%程度しか存在しないのが特徴です。そのため、軟骨のほとんどは細胞外マトリックスと呼ばれる材料からできています。特に、コラーゲン・ヒアルロン酸・プロテオグリカンの3種類の高分子が主成分です。つまり、軟骨を再生するためには、その細胞外マトリックスに対応する材料を作り、その中で細胞を培養すれば良いと考えられます。マトリックスの中で、ヒアルロン酸とコラーゲンが特に重要です。
 ヒアルロン酸とコラーゲンを単純に混ぜると、ヒアルロン酸のカルボキシル基(マイナス電荷)とコラーゲンのアミノ基(プラス電荷)が結合してポリイオンコンプレックスという沈殿物ができます。この沈殿物は均一な材料を作るのを邪魔します。試行錯誤の結果、pHや加える塩を変えて沈殿物ができない条件を見いだしました。その条件で、ヒアルロン酸とコラーゲンを反応させ、図1のようなマトリックス材料を作ることができました。この材料は、10-100μmの小さな孔が多数つながっているため、その孔に軟骨細胞を入れて3次元培養することが可能です。
 材料の上で軟骨細胞を培養しました(図2:グラフ)。1週間後、この材料で培養した細胞は通常の材料(コラーゲン)で培養した場合と比較して4倍以上に増えました。しかも、細胞は軟骨細胞の形を維持し続けました。このことを「脱分化しない」と言い、軟骨が軟骨の性質を失わないために大切な性質です。現在、慶應大学医学部と共同して、軟骨再生に最適な材料の研究を進めています。

図1 ヒアルロン酸-コラーゲン複合マトリックス
((a)含水状態(b)走査型電子顕微鏡像)

図2 各材料上で軟骨細胞を培養後の相対細胞数






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