特集:新しい超伝導体MgB2
MgB
2の高圧合成と超伝導特性

ナノマテリアル研究所
ナノデバイス研究グループ
高野 義彦


リニアモーターカーや送電線などへの応用が期待されている超伝導物質でありますが、今世紀初頭新しい超伝導体MgB2が、青山学院大学秋光純教授らによって発表されました。MgB2は金属系の新しい超伝導体で、絶対温度39K(摂氏零下234℃)で超伝導状態になります。これまでに発見された金属系超伝導体の最高の超伝導転移温度(超伝導状態になる温度)は、1973年に記録されたNb3Geの絶対温度23Kですので、約30年ぶりに16Kも上昇したことから大きな話題を呼んでいます。さて、この新しい超伝導体は、いったいどのような性質を持っているのでしょうか? どうして高い転移温度を持つのでしょうか? そして、類似物質にさらに転移温度の高い新物質が潜んでいるのでしょうか? 当研究機構では、この新超伝導体の研究にいち早く取り組み、世界に先駆けて高圧合成試料・単結晶試料の育成や高性能線材の試作に成功するなど、基礎から応用にかけて様々な分野で精力的な研究が進められています。
 新超伝導体MgB2は、文字通りマグネシウムとホウ素が1:2に化合した比較的単純な物質です(表紙写真右下)。ところが良質な試料を合成するには難しい問題がありました。それは、マグネシウムとホウ素の融点がなんと約1500℃もかけ離れているのです。普通に加熱するとマグネシウムだけが蒸発してなくなってしまうのです。そこで我々は、高圧合成の手法をいち早く採用し良質でしかも高密度な試料を合成することに成功しました。これは35000気圧(鉛筆大に乗用車を10台乗せたときに生ずる圧力)をかけながら1000℃という高温を作る技術です。表紙写真左下は高圧合成で作成したMgB2新超伝導体の写真です。なんと、美しい金色でありました。
 得られた試料を液体ネオン(絶対温度27K)で冷却し、磁石の上に浮上させる実験を行いました。表紙写真上はサマリウムーコバルトの比較的弱い永久磁石を井桁状に組んで安定的に浮上させている写真であります。超伝導体を磁石に近づけると、それを打ち消すように超伝導体に遮蔽電流がながれて自らが電磁石のようになります。超伝導体と磁石との間に浮上力が生じるのはこの原理によります。このように大きな浮上力を示したことは、超伝導体に流すことができる電流が大きいことを示唆しています。
 図1は、電気抵抗の温度変化を様々な磁場をかけながら測定したものです。磁場がゼロの時に絶対温度約39Kで抵抗がゼロになっています。磁場を増やしていくと超転移温度が徐々に低下していきます。これらの測定から、超伝導体に流すことが出来る最大の電流値(臨界電流密度)や、超伝導状態でいられる最大の磁場(上部臨界磁場)などの詳しい特性を調べたところ、臨界電流密度は応用で期待される環境(絶対温度20K、磁場1テスラ)で40000アンペア/cm2と大変大きく、上部臨界磁場も約18テスラとこれも大変大きいことがわかりました。今後この新超伝導体は、冷凍機を用いることで、リニアモーターカーやマグネットなど、様々な分野で応用されていく可能性を秘めています。
 このように将来有望な超伝導体MgB2でありますが、超伝導発現メカニズムはまだ理解されていません。唐捷(物性解析研究グループ)らは、キュービックアンビル高圧装置を用いた高圧下の電気抵抗測定により、超伝導性の圧力効果の研究を行いました。図2は、圧力を加えながら電気抵抗の温度変化を測定したものです。圧力下においても試料はシャープな超伝導転移を示しており、超伝導転移温度が圧力の増加に伴って、--1.03K/GPaの割合で低下することがわかりました。これらの圧力下での電気抵抗と構造解析の結果を合わせて考察すると、MgB2超伝導体のメカニズムはBCS理論と良く一致し、電子とフォノン(格子振動)の相互作用が重要な働きをしていることが分かりました。
 しかし、フォノンを介した超伝導で 絶対温度40Kという高い超伝導転移温度を持つためには、通常とは異なるフォノン状態が必要と考えられます。そこで佐藤卓(非周期系物質・材料研究チーム)らは、中性子非弾性散乱を用いて、MgB2のフォノン状態密度を調べました。実験には高エネルギー加速器研究機構に設置されたLAM-D分光器を用いました。室温および 超伝導転移温度近傍 (絶対温度41.5K)で測定されたフォノン状態密度を図3に示します。
第1の特徴はフォノンが非常に高いエネルギー(Ecutoff 〜90meV)まで存在していることであります。これは高い超伝導転移温度の原因の一つと考えられます。(良く知られている金属超伝導体Nb3SnではTc〜18K に対して Ecutoff 〜30meV。)またE=17meVでは、室温では見られないピークがTc 近傍で観測されています。これは、電子とフォノンの強い相互作用を示していて、これも高い超伝導温度を実現する原因の1つと予想されます。

図1 電気抵抗率の温度変化. Hは磁場の大きさを表します



図2 超伝導転移温度の圧力依存性

図3 Mg11B2 のフォノン状態密度




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