Photo by Nacasa & Partners Inc.

新物質を探せ!

新しい物質を探し続けているNIMS。
他では見つからないものを探すためには、時として他にはない装置が必要になる。そんな、新物質探求の切り札となる装置の開発に人生を賭け、完成目前にして散った二人の研究者がいた。

今回は、ちょっとマニアックな世界の感動秘話。言わば、NIMS版「プロジェクトX」だ。

これがその装置、NMRだ。

NMR

巨大な防火水槽(?)のようだが、実は、超超強力な磁石でできている。病院で体の断面写真をとるMRIの親戚だ。とてつもなく強い磁石のチカラで、新物質の原子の並び方、分子構造を詳細に知ることができる。

例えば新薬の開発には絶対に必要だから製薬会社は必ず持っている。リチウムイオン電池をここまで高性能にできたのだって、この装置があったからこそだ。

磁力でものを見る以上、より強力な磁石ほど、より詳細な分析ができる。新物質の開発に有利になるわけだ。競争の激しい新物質の探しの世界、より強力な磁力をだせるNMRは、激しい国家間競争が繰り広げられる世界だ。第二のスパコン競争といってもよいかも知れない。なんといっても、有用な新物資をいち早く見つければ、莫大な利益を得ることになるわけだから...。

NMR

膜タンパク質のNMRスペクトル。1,020MHzの方が信号がくっきりしている。

「超伝導の壁」

今から8年前。熾烈な競争の中、どの国も大きな壁にぶつかっていた。「超伝導の壁」だ。

強力な磁場をつくるには、コイルを作って電磁石にすればよい。理科の時間にやったこともあるだろう。しかし、電線をたくさん巻こうと思って針金を長くすれば、金属の電気抵抗が大きくなって電流は流れなくなる。だからNMRには超伝導が使われている。冷やすと電気抵抗がゼロになる線をぐるぐる巻きにして超強力な磁石にしているわけ。

NMR

ところが、当時も今も、実用化されている超伝導の線は、金属でできた超伝導(ニオブ系)ただ1つ。病院のMRIも、リニアモーターカーもすべてこれを使っている。液体ヘリウムをつかって-269℃まで冷やすことで超伝導状態にしている。
NMRについて言えば、金属系超伝導で出せる磁場の限界超伝導体を臨界磁場(りんかいじば)という値よりも強い磁場の中に置くと、超伝導状態が壊れてしまう。そのため、この値よりも強い電磁石を作ろうとしても、自分が発生する磁場のために、電流が流れなくなってしまう。臨界磁場の値は温度によっても変わるが、ニオブ‐スズ超伝導体では液体ヘリウム温度(-269℃)で22.5テスラ(960MHz)。ビスマス系超伝導体はこの温度で100テスラに及ぶ磁場にも耐えられることがわかっている。にまで既に達していた。

熾烈を極める競争の中、世界一のNMRを作る使命を帯びたのがNIMSだった。(当然困った...。)

この壁をこえる策はないのか?

---ある!
しかしそれは、誰もやりたがらない禁じ手だった。

話は少しさかのぼるが、1988年、超伝導物質にはもう1つ、セラミックスのもの(ビスマス系)が発見されていた。液体ヘリウムで冷やせば、作り出せる磁力は金属系より強力。この材料を一番中心の部品に使えば、NMRを次の次元へ飛躍させることだって可能だ。

ちなみに、このセラミックスの超伝導体、発見したのはNIMSの研究者、前田 弘(まえだ ひろし)氏。

NMR

セラミックス系超伝導体の発見者・前田 弘

その発見のニュースは世界中を駆け巡った。

なぜか?

それまでの超伝導は、液体ヘリウムの温度(-269℃)まで冷やしてようやく超伝導状態になった。しかし、前田氏の発見は、-196℃の液体窒素で済む「高温超伝導体」。世界中の研究者を驚かせたビッグニュースだったんだ。

ただし!このセラミックスの超伝導体でコイルを作るとなると話は別。困難が待ち受けているのは火を見るより明らかとされていた。

ちょっと考えてみて欲しい。

セラミックスは、いわば陶器。
これを細い線にして、ぐるぐる巻くというのは、身近で例えると、鉛筆の芯でコイルを作るようなもの。すぐに割れてしまうじゃないか。しかし、世界一のNMR実現には、これしか道はない...。

そのとき、この難題に挑んだのが、世界に名をとどろかせていたマグネット研究者、木吉 司(きよし つかさ)だ。

NMR

超伝導マグネット研究の第一人者・木吉 司

超伝導マグネットの奇才

彼のすごさを実感してもらうために下のグラフを見てみたい。

NMR

NMRの世界記録はずっとドイツ、イギリス、アメリカが主戦場だった。しかし、木吉の登場で、金属系超伝導体での世界記録上位3つはすべて日本がたたき出している。
まさに”世界の木吉”なのだ。

2006年、木吉はセラミックス超伝導体の開発をスタート。
困難を次々と克服していったのだが、主なものは3つあった。

  1. 1. セラミックスが割れやすく、長い電線にするのが難しい
  2. 2. 強力すぎる自身の磁力でコイルが膨張し破壊される
  3. 3. 強力すぎる自身の磁力で超伝導状態が破れる

2、3は少し難しいかも知れないが、要は、あまりに強い磁力によって超伝導磁石自身が壊れたり、超伝導状態を保てなかったりするという、自己矛盾のようなものだと思って欲しい。

来る日も来る日も、難題解決に向け奮闘した木吉。5年の歳月をかけ、ついに世界一のNMRの完成が見えかけたのだが...。

2011年3月11日。激震は容赦なかった。

苦悩の末、生み出したコイルは揺れに耐えられなかったのだ。

遺志を継ぐ、13人

さらに、翌年。
自らの健康も顧みる余裕のなかった木吉は、食道がんに冒されていることがわかり、すぐに入院。世界の木吉はそのまま息を引き取った。まだ、53歳の若さだった。

しかし、苦難の波はまだおさまらない。

2013年に起きたのがヘリウムショック。世界的にヘリウムの供給が減り、手に入らなくなった。冷却して初めて超伝導になるNMRにとっては致命的だ。

これでもか、と押し寄せる困難の一方、世界一のNMRに賭けた木吉の遺志を継ぐべきだという声はNIMS内外から高まっていった。

そして、立ち上がった、13人の技術者たち。

NMR

超伝導の専門家、コイルの専門家、システムを作り上げるメーカーの技術者...。
異なる専門分野の知識を持ち寄ることになった。

しかし、木吉とともに今回のNMRづくりに直接かかわった者は誰一人いなかった。

実は、木吉は5年間、一人孤独に戦っていたのだ。 そこには、当初から相当な困難が予想された開発に挑む木吉の、深い考えがあった。

「失敗の責任を負うのは1人でよい。日本からマグネット開発の芽を絶やしてはならない。共倒れだけは避けなければ。」

13人は、残されたメモだけを頼りに、木吉の挑戦の足取りを追い、もてる経験と知識を総動員して、世界一のマグネットを目指した。

そして、2015年。ついに、1,020MHz。

木吉のNMRは、世界最高強度の磁場を生み出すことに成功した。
予定より、4年遅れての完成だった。

ビスマス系セラミックス超伝導体の発見者である前田は、この約1年前の2014年1月、他界していた。

あの震災がなければ、
この4年の遅れがなければ、

誰よりも見たかったはずの2人が世界一のNMRを目にすることができたはずだったのに...。

NMR

【文】NIMS
【写真】ナカサアンドパートナーズ、NIMS