Photo by Nacasa & Partners Inc.

クリープ試験片 / Photo by Nacasa & Partners Inc.

鉄の棒をひたすらひっぱり続けて40年、ついに世界最長記録をもたらしたことで話題になったNIMSのクリープ試験。材料の強さや耐久性をはかる地味な研究に光があたった瞬間でした。

ただひっぱっているだけにみえるかも知れませんが、このクリープ試験、驚くほど多くの工夫と苦心がなされているのです。ちょっとその中身をのぞいてみましょう。

自動車のエンジン

NIMSの世界最長記録は、それまでのドイツ ジーメンス社の最長記録356,463時間を2011年2月27日に更新して、2011年の3月14日まで行われました。試験時間は356,838時間でした。

試験材料は、発電所などのボイラーや圧力容器などにつかう炭素鋼鋼板で、直径1cmの丸い棒です。ひっぱりの力は約2,360kgf*。400℃という高温に保って、1969年の6月から試験が開始されました。

40年たってもちぎれなかった世界最長記録の鉄の棒は、およそ5パーセント変形していました。この、わずかなひずみをクリープ試験は非常に高い精度で測定しているのです。

世界最長記録をつくったときの変形スピード(これをクリープ速度といいます)は、元の長さに比べ、1時間に100万分の3パーセント伸びています。これがどのくらい小さいものであるかを考えてみましょう。私たちは成長するにつれて少しずつ背が伸びて行きますが、その速さを目にすることはできません。1年たっても大きいときで数センチ。1時間にしたらほとんど変化しないといっていいでしょう。クリープの速度はこうした背の伸びる速さの、何と100分の1以下なんです。

東京スカイツリーと富士山

わかりやすくするために、大きなものでたとえてみましょう。これは、3776メートルの高さの富士山が、1時間に約0.1ミリ高くなることに相当しますし、634メートルの東京スカイツリーだったら、1時間にわずか0.02ミリ高くなることに相当します。

しかし、鉄のような金属は熱膨張をおこすので、東京スカイツリーの場合、温度が1℃あがると10ミリのびてしまいます。そのため、クリープ変形を計測できません。

クリープ試験はこのため、温度の管理がとても厳密です。NIMSでは、ひっぱられる材料の温度をきちんと保っているのはもちろん、まわりの温度(試験室の中)もプラス、マイナス1℃以内の一定の温度になっています。そうしないと、時間ごとの変形を正確に読みとることができないからです。

このような地道で時間のかかる研究が、熱や圧力に耐えることができて、何十年間酷使してもこわれないような材料を生み出すのに、大いに役立っています。

クリープ試験機 / Photo by Michito Ishikawa

いま、世界的にエネルギー危機が叫ばれていて、エネルギーを効率よく使うことが極めて大切なテーマになっていますが、実は、日本の火力発電の技術は世界最高のレベルにあるのです。それは、発電所のタービンや発電機に、きびしいクリープ試験を通ったすぐれた部材がつかわれていることが一つの大きな理由です。

燃料が電気に変わるときの発電効率も40パーセントをはるかに超えていますし、炭酸ガスの排出量も極端におさえられています。こうしたすぐれた発電技術を世界の各国に持っていくことができれば、日本は世界のエネルギー問題と環境問題の解決に大きな貢献をはたすことができるでしょう。

クリープ試験 手元 / Photo by Michito Ishikawa


クリープ試験の責任者木村一弘さんはこういっています。
「40年で5%伸びた材料に対して、これからは60年で1%しか変形しない強度を持つ材料の挙動を測定して評価したいと考えています。それが次世代の発電技術を支える材料の基準になるはずですから…」

*1kgf = 1重量キログラム

(取材・文 えとりあきお)