リチウム空気電池の最新技術解説

~電池性能評価指標の標準化に向けて~

リチウム空気電池は、空気中の酸素を正極活物質として用い、負極に金属リチウムを用いる充放電可能な蓄電池で、理論エネルギー密度が現行のリチウムイオン電池の数倍であるために「究極の蓄電池」と呼ばれています。重量エネルギー密度が圧倒的に高い、つまり軽くて容量が大きいことから、軽量性が重視されるドローンやIoT機器、さらには電気自動車や家庭用蓄電システムなど、幅広い分野への応用が期待されています。そのため、リチウム空気電池に関する研究開発は世界中で行われていますが、従来のリチウムイオン電池と反応機構が大きく異なることから、その性能評価手法や表記方法が統一されておらず、技術開発の進捗が分かりにくい状況にあります。本コラムでは、リチウム空気電池の原理から、性能評価方法を含め、最新の研究動向を解説します。

エネルギー密度とサイクル寿命の両立が蓄電池開発のカギ

リチウム空気電池

蓄電池は、一般的には「多くの電気をためることができる(=エネルギー密度が高い)」かつ「充放電が可能な回数が多い(=サイクル寿命が長い)」ほど性能が高いと言えます。そのうち、「多くの電気をためることができる」点について、電池を大きくするほど電気を貯められる容量は大きくなりますが、その分、体積や重さが増えて用途が限られたり、電池自身の重さによって装置全体の駆動に必要な電気量が増えてしまいます。そのため多くの場面において、小さくて軽く、かつエネルギー密度の大きな蓄電池が求められます。それこそが、軽くて大容量なリチウム空気電池に期待が寄せられている理由です。ではなぜリチウム空気電池は圧倒的な軽量化が可能なのでしょうか。そして実際にどこまでの容量が達成されて、寿命との両立はどこまで実現されているのでしょうか。

軽さの秘密は正極にあり

リチウム空気電池は、正極(酸素極)、セパレータ+電解質、負極(金属リチウム)を積層した構造です。電池の使用中に進む放電反応では、負極で金属リチウムが電解質に溶出し、正極で酸素と反応して、過酸化リチウムが析出します(Figure 1)。一方、充電中の充電反応では、正極の過酸化リチウムが分解して酸素が放出され、負極では金属リチウムが析出します。現行のリチウムイオン電池では、リチウムイオンが黒鉛などのようなホスト材料の“すき間”に侵入し層間化合物を形成するインターカレーション反応が正極・負極において起こりますが、リチウム空気電池の正極では、リチウムイオンが外部から取り込まれた酸素と反応するためにホスト材料が不要となります。これこそが、電池の軽量化が可能となる理由です。

一方で、正極に析出する過酸化リチウムは電子伝導性が低い材料であるため、効率的に充放電反応を進行させるために、正極には電子伝導性が高いカーボン材料が利用されます。過酸化リチウムの析出量が蓄電容量となるため、正極のカーボン材料は内部に過酸化リチウムを多く貯められるように空隙率と比表面積が高い材料が望ましいと考えられます。リチウム空気電池の実用化に向けては、ここで示した正極用のカーボン材料の開発に加えて、電解質、リチウム保護膜、酸素流路といった、従来のリチウムイオン電池とは異なった材料の開発が必要となります。

リチウム空気電池

Figure 1:リチウムイオン電池とリチウム空気電池の模式図

性能比較には、セル全体でのエネルギー密度が重要

では、リチウム空気電池はどこまで実用化に近づいているのでしょうか。たとえば、アメリカのアルゴンヌ国立研究所は、1,000 mAh/gcatalystの条件で1,000サイクルを到達したと発表し話題となりました(A. Kondori, et al. Science, 2023, 379, 499日本経済新聞2024年1月25日付記事)。NIMSでも、456 Wh/kgcellの条件で24サイクルを達成したと発表をしました(S. Matsuda, et al. Advanced Energy Materials, 2023, 13, 2203062プレスリリース)。

これらの成果を比較するために、まずはエネルギー密度について考えてみます。リチウム空気電池が電気を供給すると正極ではその電気量に相当するLi2O2が生成しますので、電極がどれだけの電気を供給することができるかは、正極材料として利用されるカーボン材料に、どれだけ多くのLi2O2を蓄えることができるかで決まります。そのため、カーボン材料の性能を表す指標として、カーボン材料の重量当たりの容量mAh/gcarbonが使われます。しかしながら、この表記ではリチウム空気電池の性能を反映できていません。注意しないといけないことは、カーボン材料の重量当たりの容量が同じでも、電池に含まれるカーボン材料の量によって蓄えることのできる電気量の絶対量が変わるため、電池のエネルギー密度を表す指標としては、金属リチウムや電解質など、カーボン材料やLi2O2以外の重量も考慮した「Wh/kgcell」、つまり電池の重量当たりのエネルギー密度を用いないといけません。

この指標を用いて、先ほどの成果を見直してみます。アルゴンヌ国立研究所の空気電池においては、カーボン材料の代わりに固体触媒が利用されており、mAh/gcarbonではなくmAh/gcatalystという単位が利用されています。いま、使われている固体触媒は単位面積当たり0.1 mgであるため、1,000 mAh/gcatは0.1 mAhに相当します。これは、電池としてのエネルギーに換算すると6.6 Wh/kgcell程度となります。NIMSが24サイクルを達成した456 Wh/kgcellの条件と比べると、非常に小さな値であることがわかります。

また、サイクル寿命の観点では、正極の反応のみならず、負極の反応についても考慮する必要もあります。特に、負極に使われる金属リチウムは、厚みによって析出溶解反応の反応効率が異なります。大容量充電に欠かせないより多くの金属リチウムの析出溶解反応が進行する条件では、電解質の分解などの副反応が進むため、サイクル寿命が大きく低下することが知られています。このように、エネルギー密度が同じ場合でも、電池の性能や内部で進行する反応には大きな違いが生じ、サイクル寿命にも大きな違いが生じることに、注意する必要があります。では、いま世界で進んでいるリチウム空気電池のエネルギー密度とサイクル寿命の関係はどのようになっているのでしょうか。

エネルギー密度とサイクル寿命のトレードオフ

リチウム空気電池の研究開発を行っている研究グループは、各々独自の評価セル・評価条件を用いて電池性能を評価しているため、それぞれの評価結果を系統的に把握し、比較することは簡単ではありません。NIMSは、文献に記載されている電極や電解質の種類や重量といった電池情報の細部まで調査し、電池のエネルギー密度を算出しました(S. Matsuda, et al. Materials Horizons, 2022, 9, 856, プレスリリース)。その結果、エネルギー密度が高い電池はサイクル寿命が低く、逆に、エネルギー密度が低い電池ではサイクル寿命が長くなることが明らかとなりました(Figure 2)。

リチウム空気電池

Figure 2:世界中の様々な研究グループから報告されているリチウム空気電池における、電池のエネルギー密度とサイクル寿命の関係
赤いプロット:アルゴンヌ国立研究所 (A. Kondori, et al. Science, 2023, 379, 499)
青いプロット:NIMS (S. Matsuda, et al. Advanced Energy Materials, 2023, 13, 2203062)

エネルギー密度とサイクル寿命の双方を高い水準で実現することが難しい状況のなか、NIMSは高エネルギー密度の指標となる300 Wh/kgcell以上の領域において、世界トップのサイクル寿命を実現しています。ちなみにアルゴンヌ国立研究所は、685Wh/kgcellのリチウム空気電池の充放電を報告していますが、そのサイクル寿命は1回にとどまっています。このように、リチウム空気電池の性能を比較する際には、エネルギー密度とサイクル寿命の双方を考慮した評価が必要であることが分かります。

電池性能評価指標の標準化に向けて

NIMSはさらに詳細な分析を行い、電極面積当たりに蓄える電気量(mAh/cm2)および、電極面積当たりの電解質の重量(mg/cm2)が、サイクル性能に影響を与える重要な指標であることを、これまでに明らかにしており、これらを空気電池評価における標準指標として利用することを提案しています(S. Matsuda, et al. Faraday Discussion, 2024, 248, 341)

リチウム空気電池

Figure 3:サイクル寿命と「電解質量と面積容量の比」の関係
(a) 同一電解質量条件における、サイクル寿命の面積容量依存性
(b) 同一面積容量条件における、サイクル寿命の電解質量依存性

Figure 3aには、同一の設計のセルにおいて、様々な容量規制条件で充放電試験を行った際の、各セルのサイクル寿命を示しています。電極面積当たりに蓄える電気量が大きくなるにつれて、サイクル寿命が短くなることが分かります。また、セル内の電解質量が異なるセルを作成し、同じ容量規制条件で充放電試験を行った際の、各セルのサイクル寿命を評価しました。その結果、電解質量が減少するに従い、サイクル寿命が小さくなることが分かりました(Figure 3b)。以上の結果は、電池のサイクル寿命が、「電解質量と面積容量の比」で定義されるパラメータにより支配されていることを示しています。この「電解質量と面積容量の比」は、電池のエネルギー密度を示す指標としても有効です。Figure 4には、世界中の様々な研究グループから報告されているリチウム空気電池を対象に、そのセルレベルでのエネルギー密度を縦軸に、「電解質量と面積容量の比」を横軸にプロットした結果を示します。2つの指標は非常に高い相関関係にあることが分かります。以上の結果は、実用的なリチウム空気電池の開発においては、「電解質量と面積容量の比」のパラメータを意識した電池設計、材料評価が重要であることを示しています。

リチウム空気電池

Figure 4:世界中の様々な研究グループから報告されているリチウム空気電池における、電池のエネルギー密度と「電解質量と面積容量の比」の関係

世界各国の研究グループから報告されるリチウム空気電池の性能を適切に比較するためには、このような標準指標と併せて、評価条件や電池セル設計の標準化が重要となります。NIMSでは、これまでに、JST/ALCA-SPRINGでのチーム型研究におけるセル統合評価や、NIMS-SoftBank先端技術開発センターにおける実用化研究開発を通じて、実用的な設計セルを用いてリチウム空気電池の様々な材料の性能を横並び比較するための技術やノウハウを蓄積してきました(Figure 5)。また、電解質注液やセル積層などのプロセス技術の開発にも取り組み、大型の積層型リチウム空気電池セルを安定的に作製する技術を確立してきました(Figure 6)。このように、リチウム空気電池開発において、世界トップレベルの研究開発能力を有するNIMSは、今後、電池性能評価指標の標準化においても主導的な役割を担い、リチウム空気電池の早期実用化を目指していきます。

リチウム空気電池

Figure 5:NIMSにおけるリチウム空気標準セルの充放電評価試験の様子

リチウム空気電池

Figure 6:(手前)NIMS積層型リチウム空気電池セル、(奥)NIMSリチウム空気標準セル

【関連リンク】

【文】松田 翔一(まつだ しょういち)
電気化学スマートラボチームリーダー
【写真】石川 典人