アトムプローブ電界イオン顕微鏡
(Field Ion Microscope: FIM)
電界イオン顕微鏡(Field Ion Microscope, FIM)は1951年にE. .W. Mueller により発明された投影型顕微鏡で, レンズを用いないので収差の影響を受けない。このため、FIMにより人類は初めて原子を観察した。FIMの装置 自体はFEMと全く同じで、違いはFEMでは針に負の高電圧をかけるのに対して、FIMでは正の高電圧をかける。 またFEMは超高真空中で像を観察するが、FIMは高電界下での結像ガスの電界イオン化現象を用いるので、 超高真空中にHe, Ne, H2などの結像ガスを10-3 Pa程度導入する必要がある。正の高電界がかかったときの金属表面の ポテンシャルは図2(b)に示されるようになり、冷却により運動エネルギーを失った結像ガスが表面 からxcの距離に達した時に、結像ガス原子は電子をトンネリングにより失いイオン化する。結像ガス の電界イオン化に必要な電界はHeで4.4 × 1010 V/m、Neで3.7 × 1010 V/m、H2で2.3 × 1010 V/m程度であるので、それを実現するための針 の曲率半径はFEMのそれよりも1桁低い50 nm程度のものが必要である。また結像ガスのイオン化による蛍光版の輝度はFEMに比べると著しく低いので、 FIMではマイクロチャネルプレート(MCP)という2次元のイメージ増倍管を用いて像を肉眼で観察できる ようにしている。FIMが発明された当時は像は蛍光板で観察されていたので、 像は完全な暗室内で全神経を集中させてみなければ観察できないほど暗かった。 そのため、像撮影に長時間の露出が必要であり、蛍光効率の高いHeガスでの観察が可能なW, Mo, Pt, Rh, Ir, Reなどの高融点金属の観察しか行われなかった。

図1 針状金属表面からの結像ガス原子の電界イオン化の模式図
FIMの試料表面での電界イオン化の様子を図1に模式的に示す。試料は50 nm程度の 曲率半径を持つ先鋭な針であり、その表面の原子レベルでの形態は図のようになる。 試料に高電界をかけると、分極した結像ガス原子が試料表面に引き寄せられて表面の 電界の特に高い突出した原子に強く電界吸着していると考えられている。 分極した原子が高い運動エネルギーで金属表面に引きつけられて衝突すると、 試料が冷却されているのでガス原子は運動エネルギーを失いながら、跳ね返される。 跳ね返されたガス原子は再度表面に引き寄せられるというホッピングモーションを 繰り返しながら徐々に熱エネルギーを失って、いずれガスが吸着している電界の 高いところから図1で示されるxcの位置に来たときに、電子をトンネリングにより 失って電界イオン化(Field Ionization)される。これらのイオンは試料表面と接地されたスクリーンの間の電界 により加速されスクリーンに衝突し輝点が観察される。試料表面の電界分布は一様 ではなく、図5中試料表面で黒く塗りつぶされたレッジやキンクの位置で原子が突出 していて局所的に電界が高くなりガス原子の電界イオン化の確率が高くなる。 毎秒103から104個の結像ガス原子がイオン化することによって、 一つの輝点が形成されると考えられている。その結果これらの半球状の試料先端 で突出した原子を蛍光板に投影した位置が明るく観察されることになる。

図2 (a) タングステンのFIM像と(b)(011)面を中心として半球状になった 表面原子の配位数の小さな原子を光らせた模型と(c) [011]晶帯軸のステレオ投影図
像の倍率Mは試料とスクリーン間の距離をD、針の曲率半径をrとするとM = kD/rで与えられる。ここでkは投影中心の位置と増の広がりの補正項である。典型的なFIMの試料
の曲率は50 nm程度であり、試料と蛍光板の距離は5 cm であるので像の倍率はおおよそ106倍 程度になる。このようにFIMは投影型の顕微鏡であり、レンズにより像を拡大しないので、
像は試料の振動やドリフトの影響を受けにくい。したがって装置の構成は非常に単純で、
電子顕微鏡やSTMで不可欠な除振機構が一切不要である。
FIMでは結像ガスの電界イオン化利用するので、FIM像を得るためにはイオン化電界以上
の電界を試料表面に加えなければならない。ところが高電界では試料原子自体がイオン化
される電界蒸発(field evaporation)とよばれる現象が生ずる。このため結像ガスのイオン化
強度が試料の電界蒸発強度よりも低いことがFIM像を得るための条件となる。一般に高融点金属
の電界蒸発強度は高い。低融点金属の場合、電界蒸発強度はHeガスのイオン化強度を下回るの
でHeでの像観察ができない。そのような場合は、イオン化強度の低い結像ガスを選ぶ。
また電界蒸発は熱活性であるので、試料を極低温に冷却すれば、電界蒸発強度も上昇し、
Heでの像観察も可能になる。
電界蒸発現象はFIMを可能とする重要な現象でもある。つまり、FIM用の針状試料(tip)は
通常金属線を電解研磨することにより得られるが,これらの表面は酸化被膜でおおわれて
いたり、研磨ムラにより凹凸があったりする。しかし凸面では電界が高くなり、その部分
で優先的な電界蒸発が進行するので、電界蒸発を行っていくと自己触媒的に原子的にスムーズ
な清浄表面ができる。またFIM像を観察しながら表面原子層を順次電界蒸発させることにより、
試料表面から規則的に原子面を蒸発させて、試料の3次元的な観察が可能となる。後述の
アトムプローブ分析法では高電圧パルスを同期させた電界蒸発を用いて原子のイオン化を行う。
図2に指数付けしたタングステンのHeによるFIM像と半球上の表面で突出した(配位数の少ない)
原子を光らせたモデル、さらに[011]晶帯軸のステレオ投影図が示されている。
FIM像は半球状の表面原子を平面に投影したものであるので、 結晶面はほぼステレオ投影と同じ対象性と位置関係で現れてくる。
図2(b)に見られるような針状表面で突出している原子(配位数の少ない原子)
を平板スクリーンに投影したのがFIM像であるので、低指数面のレッジの原子列はFIM像上
では同心円状に見える。図2のタングステン像では低指数面では原子ステップを表す
同心円状のパターンが観察されるだけであるが、高指数面においては個々の原子が
分解されている。